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『ザ・リコール』 - たとえ欠陥があることがわかっていたとしても

「リコールを扱った作品」の第二弾は、志摩峻『ザ・リコール』(ダイヤモンド社、2006年)です。たとえ欠陥があることがわかっていたとしても、リコール隠しを押し進めようとする自動車メーカーを軸に、大手損害保険会社、甘い汁を吸おうとする暴力団などの動きが描かれています。第3回ダイヤモンド経済小説大賞受賞作。

 

[おもしろさ] 暴力団も甘い汁を吸うために参入してくる! 

本書では、リコールをめぐる問題を生産者(自動車メーカー)と消費者(ユーザー)の関係のみならず、自動車メーカーにPL保険(製造物賠償責任保険)や「リコール費用保険」などを販売している損害保険会社、暴力団に至るまで視野を広げ、それぞれがどのような関係を持っているのかについて描かれています。特に、暴力団との関係に多く言及されているところも特色の一つになっています。暴力団が企業のリコール隠しを嗅ぎ付けたときのやり方には、三通りのパターンがあるようです。第一は、欠陥の存在がまだ世間の目に触れていない段階。欠陥の存在を世間に知らしめることをほのめかして正面から企業をゆする古典的な手法=「当たり」が採られます。第二は、欠陥の存在が世間に知られてしまったが、まだ被害者たちが大企業を相手にどう戦えばいいのかが分からず、具体的なアクションに至っていない段階。いち早く被害者を組織化し、圧力団体化し、できれば集団訴訟に仕立て上げ、その法的手続きを代理する手法=「煽り」が採られます。第三は、企業は欠陥の存在を認識しているものの、外部では、ごく一部のユーザーがその存在を気づき始めているくらいの段階。少数のユーザーをうまくさばき、事件の表面化を抑える=「捌き」が有効な手段となります。また、株式投資を通して、利益を引き出している実態にも多くのページが割かれています。

 

[あらすじ] 浄化する手法としての「内部告発

五稜自動車の看板車イーグルを運転中の友田脩。「突然エンジンが止まって、ハンドルが利かなくなる」という「不可解なトラブル」で、クリーニング店の店主が運転する軽自動車と追突。運転手が死亡するという事故が発生。その顛末を自分のHPに掲載したことが、波紋を広げる契機になります。しかし、メーカー側もしたたかで、さまざまな手段を弄して執拗な戦いを挑んできます。友田自身も、「車に欠陥があったなどと言わずに、単なる自動車事故として処理していれば保険の範囲内で収められたものを、無謀な戦いを始めたばかりに、保険で持てないような賠償まで背負い込むことになった」と考え込む羽目に。一方、友田の友人で、主人公の損保会社(中央火災海上保険)の企業損害部賠償責任保険課長・黒岩舜一が、社内に設置された「コンプライアンス委員会」に直訴。が、中央火災幹部の答えは、黒岩の意見を拒絶し、この件から身を引くこと、それが不服ならば懲戒処分をちらつかせるものだったのです。それに対して、黒岩は、「当社に自浄能力がないなら外から浄化する方法を考えるしかないですね」と明言。こうして、彼は、国土交通省に駆け込むとともに、退職を決意し、高校時代の先輩が政治部長をしている毎朝新聞と接触することになります。が、事態は、意外な方向に進んでいきます。