経済小説イチケンブログ

経済小説案内人が切り開く経済小説の世界

『できない男』 - 「できない」という自信のなさからの脱出! 

「『ダメな男』を扱った作品」の第二弾は、額賀澪『できない男』(集英社、2020年)です。同じくデザイン業界で働くふたりのアラサーの「できない男」の交流と成長の物語。恋愛経験がなく、仕事もさえない芳野荘介。他方、仕事は有能でも、本気で恋愛に踏み出せない、リスクを承知で新しい冒険に繰り出すということに「覚悟ができない」河合裕紀。形は違えど、「できない男」と自覚している点は共通です。デザイナーの世界を垣間見ることができるお仕事小説でもあります。

 

[おもしろさ] 責任と覚悟と「自分のことは自分で決める」

一人目の「できない男」である荘介がユニークなところは、自分のことを低く評価し、「できない男」と思っているのは、「青春時代に青春できなかった」ことに由来していると考えている点にあります。なにかにチャレンジしてうまくいった、いい思い出を作れた、思い切り授業をさぼった、誰かを好きになったというような、青春パワーを発揮するような機会がなかった。そのため、成長できなかった。そのように勝手に思い込んでいるのです。それに対して、もう一人の「できない男」である裕紀の方は、自分のことを低く評価しているわけではありません。仕事はできるのです。ところが、今の状況にある意味満足していて、結婚であったり、仕事であったり、「覚悟」を持って新しく人間関係を構築することを面倒なことだと思い込み、そのわずらわしさから逃げ回ってばかりしてきたのです。本書の特色は、そうしたふたりの「できない男」を登場させ、それぞれに合致した「できる男」への変貌のあり方を読者に問いかけている点にあります。まずは自らの仕事に責任を負って、自分の人生に覚悟を持つ。チャンスをけっして逃がさないという心構えでいる。さらには自分のことは自分で決めるという心意気で臨む。そうすれば、今の「できない男」から脱出できる。新たに人生をリセットし、成長していくには、たとえアラサーになっていたとしても、けっして遅いわけではない。そのように語りかけているようです。

 

[あらすじ] 「アグリフォレストよごえ」をデザインするなかで

29歳の芳野荘介は、青春時代を謳歌できなかったことで、何事にも自信が持てません。彼の勤務先は、小鷹広告社という小さな広告制作会社。そんな荘介のもとに、地元に本社を置く大手食品メーカー・ローゼンブルクフードの秋森彩音(荘介の中学・高校の同級生)から電話がかかってきます。それは、同社と夜越町が共同で行う「農業テーマパーク」(のちに「アグリフォレストよごえ」と命名)のブランドを構築し、価値を高める戦略をコンペで提案してほしいというものでした。ところが、その説明会に行くと、「デザイナーなら誰もが知る人物」である南波仁志が出席していたのです。必死に準備した荘介の提案もむなしく敗北。コンペで勝利を収めたのは、南波が社長を務める「Office NUMBER」でした。ところが、そのブランディングチームに「地元枠」として、荘介が参加することになります。超多忙な南波に代わって、地元に通い、プロジェクトの進行をリードするのは、南波の片腕とも言うべき河合裕紀33歳でした。こうして、荘介と裕紀および南波との交流が始まります。「アグリフォレストよごえ」のデザインを通じて、荘介も裕紀も、それぞれがデザイナーとして、さらには人間として大きく飛躍していくことに。