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『家路の果て』 - マイホームの夢と現実

「人生最大のお買いもの」。その言葉を聞いて、多くの人が想定するのは、マイホームではないでしょうか? 「一戸建てか、マンションか」の選択、資金の調達、業者選びから始まって、価格・場所・部屋の構成、周辺の環境や利便性など、買おうと思いたってから実際に購入するまで、検討・選択すべき事柄が延々と続きます。そして住み始めれば、今度は、ローンの支払い、近所づきあい、修理・修繕など、新しい悩みが次から次へと生じてきます。さらに、歳月が流れると、老朽化が進展し、「建て替えか、転居か」といった大きな決断を迫られることになります。それでも、マイホームへの願望が枯渇することがないところが、マイホームの魅力でしょうか。今回は、マイホームを扱った三冊の作品を通して、マイホームに関するさまざまな課題を考えてみたいと思います。

「マイホームを扱った作品」の第一弾は、夏樹静子『家路の果て』(講談社文庫、1984年)。マイホームの夢と現実、建売り業者の思惑、住宅ローンの落とし穴などについて述べられています。マイホームを扱った経済小説の古典とも言うべき作品です。

 

[おもしろさ] 住宅ローンの落とし穴

この本の特色は、①家探しの苦労、建売り業者とのやり取り、住宅ローンの仕組み、②マイホームを買ったときの不安感、③返済負担による生活への圧迫など、マイホームの購入前後にほとんどの人が経験・直面する難問や課題を物語の流れのなかでリアルに浮かび上がらせている点にあります。「万一ローンがパンクした時には、マイホームを手放せば元に戻れる」と単純に考えられているようですが、実際のところ、必ずしもそうではありません。「会社が上向いていくことを前提にして、限界までローンを組んだことが大きな誤りだった」と、あとで気づく人も多いのです。

 

[あらすじ] 栄転したことで、かえって

中堅の紡績会社「的矢紡績」の技術係長・仁科秋雄36歳。妻、中一の娘、小五の息子と一緒に勤務先の工場の近くにある社宅で暮らしています。夢は、マイホーム。「贅沢いわない。小さくても庭があって、陽当たりのいい縁側が付いてるような家が欲しい」。一戸建ての家を持ちたいと考えていたのです。1979年、ついに念願のマイホーム(建売住宅)を2200万円で購入。育ち盛りの子ども二人を抱え、月々14万円の生活費は、想像以上に厳しいものでしたが、生活を切りつめ、節約と我慢の自己規制をすれば、返済は可能。そのはずでした。「この家は私たちのものなのだ。誰からの借り物でもない、私たち家族の財産なんだ」と思うことで、満足感が湧き出し、癒されるのでした。ところが、川崎市登戸にある工場から東京の大手町にある本社に栄転。その頃から、少しずつ返済計画に狂いが生じ始めます。残業手当がなくなり、手取り収入が減少するとともに、思わぬ出費が重なるようになったのです。その結果、うれしいはずのマイホームでの生活も、苛立たしいものに。