「マイホームを扱った作品」の第二弾は、江波戸哲夫『亀裂-老朽化マンション戦記』(光文社文庫、2004年)です。マンションの建て替えをめぐって展開される、賛成・反対という住民同士の軋轢・利害対立だけではなく、建て替えを新規建設に匹敵する重要なマーケットとして位置づけている建設会社・デベロッパーの思惑についても真っ正面から取り上げられています。原題は、『マンション戦争』(光文社、1997年)。
[おもしろさ] 建て替えをめぐる賛否両論:それぞれのウラ事情
マンションが劣化すると、建物・設備の劣化が進み、放置すればスラムと化してしまうことが起こり得ます。そこで、住民の自己負担をできるだけ低く抑える「等価交換」方式によって立て替えようという話が持ち上がります。しかし、近所付き合いの希薄な多くの世帯を擁するマンションの場合、住民の利害や思惑はけっして一様ではありません。この本で描かれているように、賛成派と反対派に分かれ、ときには激しいバトルが引き起こされるケースも。将来にわたって、非常に多くのマンション居住者たちが対峙することとなる建て替え問題。推進する側と反対する側、それぞれのウラ事情を浮き彫りにしている本書は、参考にされるべきところの多いコンテンツとなっています。
[あらすじ] 建て替え反対派の言い分
この本の舞台となるマンション「ゴールドハイツ」(敷地は1350㎡。各階10室の五階建て)。建てられたのは、第二次マンションブームの最後の頃に当たる1970年。当時、入居できたのは、「金持ちと見なされていた人たち」でした。しかしながら、時の流れには勝てません。25年経過したいまでは、外観はというと、少しばかり古ぼけた感じになっています。壁や屋上に亀裂が走り、雨漏りがすることも。そこで、管理組合の副理事長をしている37歳の山下敬一(三木電機の社員)がリーダーシップを発揮して、大手建設会社の大中建設の営業企画課長・坂崎信吾(山下の大学時代の友人)を近くの公民館に招き、建て替えに伴って生じるさまざまな問題についての「説明会」を開催することになります。「ほとんど自己負担なしで新しいマンションが手に入る」というのが坂崎の説明。それに対して、少数派ながら、建て替えには反対の意思表示をする人も。例えば、長塚恭子(都心の食品会社に勤務する35歳の独身キャリアウーマン)、3年前に夫を亡くした70歳のお洒落なおばあちゃんである三田貞子、推理小説作家の黒木新之助45歳、彼の飲み友達で、区役所に勤務する福井洋司などが反対するのです。反対の理由をまとめると、「まだきれいなので、建て替える必要はない。もったいない」、実際には「200万円から、多くて500万円」の負担が生じる。「高齢で、長くは生きないので、建て替えを望まない」、「建て替えには2年ほどかかる。引っ越しも大変だし、仮住まいを確保するのに費用が発生する」など。両者の対立は果たしてどうなっていくのでしょうか?