経済小説イチケンブログ

経済小説案内人が切り開く経済小説の世界

『ニュータウンは黄昏れて』 - 建て替え・修復から再生・活性化へ

「マイホームを扱った作品」の第三弾は、垣谷美雨ニュータウンは黄昏れて』(新潮文庫、2013年)。東京郊外のニュータウンに住むある家族の苦境・現状からの脱却を軸に、建物の建て替え・修復、さらにはニュータウンという地域の再生・活性化に関わる問題へと視野を広げて、物語が展開。今日の日本経済が抱える根本的な問題のひとつとも言いえるそうした諸問題とどのように向き合っていけばいいのか、「自分たちにできることはなにか」について考えさせてくれる作品です。

 

[おもしろさ] 「中流層の斜陽化」と、そこからの脱却への模索

かつて日本経済が高成長を続けていた時期。それを支えた中流層を吸引し、マイホームの夢を実現させたのが、東京郊外に続々と造成されたニュータウンでした。定年まで雇用が保障される終身雇用、勤続年数に応じて賃金が上がる年功賃金、不動産は必ず上がるという土地神話。その「三点セット」は、解説者の竹信三恵子さんが指摘されているように、ニュータウンに住む中流層にとっては将来的にも安定した生活を与えてくれる条件でした。ところが、1990年代初頭のバブル崩壊以降、終身雇用も年功賃金も土地神話も、大きく動揺。それ以後の過程で進んだのが、「中流層の斜陽化」と資産格差です。ニュータウンにおいても、多くの建物は老朽化し、主要な駅の近くを除けば、住宅価格は下落しています。ローンを支払い続けながらでは、建て替えするにも転居するにも、十分な費用を捻出するのは簡単ではありません。ニュータウンの住民たちのなかには、そうした現実のなかでもがき、苦しんでいる人がたくさんいるのです。この本のユニークなところは、ニュータウンに住む四人家族の生き様を探るなかで、日本経済のひとつの縮図とも考えられる中流層の斜陽化という現実を具体的に描き出すとともに、家族・ニュータウン・地域という三つのレベルでそれぞれの現状・苦境からの脱却の方策にも視野を広げている点にあります。

 

[あらすじ] 四人家族:それぞれの事情

バブル崩壊前夜に5200万円で買ってしまった東京郊外の青木葉団地の分譲住宅。バブル前だと2000万円前後で買えたはずです。20年近く経ち、寂れた「限界集落」にも似た雰囲気さえ漂わせています。いまなおローンを抱えている織部頼子は、節約に必死。デパ地下の鯛焼き屋でのパートの時間を増やしたいのですが、来年度は輪番制で団地の理事がまわってくる予定。理事(書記)になると、老朽化による建て替え問題に振り回されることになります。夫は、技術革新から取り残されて、IT企業の管理職から平社員に格下げとなり、給料も大幅にダウン。27歳になる娘の琴里はフリーター。大学時代に借りた教育ローンの返済を抱えています。「唯一の趣味は節約」。息子の貴之は、名門の城南大学に入り、都立の中でも進学校として名高い神田川高校で社会科の教師をしています。そんな家族構成員のそれぞれの生活事情を軸に、ゆとりのある生活への模索や、ニュータウンの再生・修復問題・活性化問題が描かれていきます。