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『ブルーベリー作戦成功す』 - 新薬開発に伴う特許戦争

「知的財産を扱った作品」の第三弾は、池上敏也『ブルーベリー作戦成功す』(幻冬舎、2014年)です。特許戦争の全貌を書き記した本書は、特許出願中の抗生物質の販売停止を強く要請する「警告書」から始まる壮大な物語です。敵対する巨大な多国籍企業特許権が下りないように全力投入を余儀なくされた製薬会社の役員・社員のなりふり構わぬ奮闘ぶりを余すところなく描いた作品です。

 

[おもしろさ] 無効審判と「プライヤー・アート」

特許権の侵害訴訟や無効審判といった「特許をめぐる攻防」がメディアで大きく取り上げられるようになってきている昨今、「特許を知らずして、企業の存立はない」と言う専門家も出てきています。では、特許出願に関する基本を押さえておきましょう。まず、企業や個人が「これはすごい」という発明をしたとする。すると、彼らは、特許庁に特許出願をする。しかし、出願しただけで、特許が認められるわけではない。出願後、特許庁審査官による審査が始まり、そこで認められて、初めて特許として認められる。そして、1年半ほどで出願公開といって、出願されたものがすべて公開される。おおむね以上のような流れになるのですが、この特許出願に関しては、刑事事件の裁判にも似た制度があります。例えば、出願した特許が拒否された場合は「もう一度調べてほしい」と、「不服審判」の請求ができます。また、すでに認められている特許を相手取って「その特許は無効だ」と訴える「無効審判」も可能です。「無効審判」に当たって最大の物的証拠となるのが「プライヤー・アート」と呼ばれるもの。「既存発明」「先行技術」「先行文献」を意味する言葉なのですが、特許出願前にその発明が「プライヤー・アート」によって公になっていた場合には、特許は無効とされてしまうのです。説明が長くなってしまいましたが、「特許攻防戦」を制するこの「プライヤー・アート」を軸にして展開される本書の最大の魅力は、ラストに用意されている「大ドンデン返し」のおもしろさにあります。特許をめぐって「訴える側」と「訴えられる側」との交渉・思惑、「訴える側」内部における派閥抗争・確執など、そこに至るまでのプロセスはまさに驚きと興奮の連続です。

 

[あらすじ] ブルーベリー作戦自体は成功するのだが……

青野薬品工業の目玉商品である抗生物質「セファドチン」がドイツのミュンヘンに本拠を構える巨大製薬会社・バンハイム社から特許侵害で訴えられます。そして、総額5400億円の損害賠償が要求されることに。もしそれが実行された場合、青野薬品は確実に破綻します。そこで、なんとしてもその特許を潰すことが至上命令に。そのためには、なんとしても「プライヤー・アート」(先行文献)を見つける必要があったのです。ある日のこと、専務取締役研究開発本部長・斉藤治彦のもとに、アードラー(ドイツ語で「鷲」の意味)と称する人物から、バンハイム社との特許係争に関する重要な情報を提供するので、取引をしないかという旨のメールが届きます。「無効審判」を決意する斉藤。それを請求すると、最終結論が出るまでには通常1年程度かかるので、その間に特許を無効にできる証拠を収集しなくてはなりません。彼は、部下の藤城誠(研究開発本部付課長)を単身ヨーロッパに派遣し、青野薬品を破綻から守るための「プライヤー・アート」を見つけ出すという極秘のミッション「ブルーベリー作戦」を実行させます。ミッション自体は成功するのですが、最後に待ち受けていたのは、絶句せざるを得ない大ドンデン返しだったのです!