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『ウイスキーボーイ』 - 宣伝マンの矜持

ウイスキーを扱った作品」の第二弾は、吉村喜彦『ウイスキーボーイ』(PHP文芸文庫、2014年)です。かつて、ウイスキーモルトだけでした。シンプルで、性格がストレートに出ます。ところが、産業革命で連続式蒸留器が発明され、グレイン・ウイスキーという新しい酒が生まれました。性格はモルトと対照的。穏やかです。両者をブレンドすることで、複雑で包容力のある酒、スケール感のある酒に変化するのです。本書は、「麦芽と水と酵母という微生物」からできているウイスキーの特性・魅力をさまざまな角度から浮き彫りにしています。また、「さまざまな個性を持った人物」の「良さをブレンド」することによって、人間として成長できることも示唆されています。著者は、サントリー宣伝部勤務を経て、作家になった人物。

 

[おもしろさ] ウイスキーの特性・魅力 ⇔ 宣伝のコンセプト

本書では、ウイスキーに魅せられた主人公・上杉朗の仕事・活動を通して、「ウイスキーとはなにか」ということが明らかにされています。例えば、①「製造方法」〈「仕込み」→「蒸留」→「貯蔵」〉、②「魅力」〈「琥珀色の液体の中に「大きな宇宙が広がっている」「いいウイスキーは『おとなの男』に似ている。静かに微笑みながら、ひとのこころの機微をわきまえている。タフだけど、やさしい。寡黙だが、やるときはやる」〉、③「製品と向き合う姿勢・ポリシー」〈「極めつきのプレミアム・ウイスキーを少量でいいから出せ。世界で評価されるようになれ。山頂をきわめ、かつ山裾を広げろ。質と量。この両面作戦をやれ」〉、④「宣伝に関する姿勢」〈「自分の製品を自分でほめる」のではなく、「外からの目でシビアに語ってもらう」〉など、興味深い叙述が満載です。また、宣伝のあり方も、ウイスキーの特性・魅力に合致する方向で展開されるべきであると指摘されています。

 

[あらすじ] 社内で横行する「まともではない動き」

ビールやウイスキーを製造販売する会社「スターライト」の宣伝部員・上杉朗。3年前に、広島支店から宣伝部にカムバックした彼は、入社以来の念願であった広告クリエイティブの制作担当になります。焼酎人気とは裏腹に、生命線であるウイスキーは落ち込んでいます。ところが、ライバル関係にある「北雪ウイスキー」が地道に売る上げを伸ばしています。両社の対照性は、「品質の北雪」と「広告のスターライト」という表現で世に示されているのです。そうした現状を打破しようと、上杉たちは、言うべきことをはっきりと主張し、ミッションを果たそうと、必死の宣伝活動を行います。しかし、①実権を掌握しているものの、人望がない星英二副社長(スターライト創業社長の弟)に対する幹部たちの過度なすり寄り、②社内政治に長けた上司・同僚たち、③上役には尻尾を振る一方で、部下には嫌味を言い、人事考課を下げる「ヒラメ野郎」の上司、④「金太郎飴みたいなのっぺりした」お酒になっても、異議を唱えない社員たちなど、とても「まともとは思えないような動き」が高い壁となって、立ちはだかります。