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『カラ売り屋、日本上陸』 - あくどい経営者に「天の裁き」を

「カラ売り屋を扱った作品」の第三弾は、黒木亮『カラ売り屋、日本上陸』(角川書店、2020年)。パンゲアによる「カラ売り屋」シリーズ三作目の作品です。ニューヨークのカラ売り屋が東京に日本事務所を開設。巨大医療グループ、シロアリ駆除会社、総合商社絵画部に狙いを絞り、「カラ売り」を仕掛けます。あくどい経営者に「天の裁き」を加えるというビジネス! 

 

[おもしろさ] 不正・ごまかしを重ねるあくどい経営者を「糾弾」

作品中に出てくる三つの企業。買収を繰り返し巨大な病院網を構築した医療グループ、架空な売り上げで見かけの業績を繕ってきたシロアリ駆除会社、タックスヘイブンを悪用して高額な美術品で利益を上げている総合商社絵画部。いずれも、さまざまなやり方で不正・ごまかしを重ね、あくどい経営を実践している企業です。ところが、投資家たちに正確な情報を提供するのが使命であるはずのアナリストたちをはじめ、だれもそうした事実を指摘したり、公表したりしようとはしないのです。そこで登場するのが、カラ売り屋です。証券市場で許された行為を武器に、あくまでもビジネスに徹することで悪しき経営者を糾弾し、「透明で公正な」投資環境をつくろうという、カラ売り屋の矜持が見事に描かれています。

 

[あらすじ] 東堂グループ VS パンゲア

全国各地に80を超える病院を傘下においている東堂グループ。同グループには、「東堂メディカル」という東証一部上場のMS(メディカル・サービス)法人(医療に関する営利事業を行う法人)があり、そこが病院買収に大きな役割を果たしています。経営の傾いた病院に融資や機器のリースを行うことをテコに、乗っ取りを図るのです。そして、儲けた金は、富裕層のための旗艦病院になっている「東京東堂総合病院」に吸い上げられ、最先端の医療機器と最優秀なスタッフを揃えるのに使われます。グループの総帥である東堂清春の野望は、日本最大の医療集団をつくり上げること。買収が成立すると、経費の削減と人員の見直しが大々的に実施され、不採算部門は廃止され、場合によっては、病棟を潰してマンションが建設されることも。それだけではありません。路上生活者を集めて、生活保護の申請を促したうえで、その受給者たちを囲い込みます。生活保護の患者は、医療費の本人負担はゼロで、国や自治体が全額払ってくれるので、病院にとっては「優良顧客」になるからです。囲い込まれた受給者たちは、病院間を定期的にたらいまわしにされ、検査漬け・薬漬けが強制されるのです。こうして、東堂グループは、巨額の診療報酬を稼いでいるのです。そうした病院グループに対して、パンゲアによる「強力売り推奨! 東堂メディカル、国立病院に不当価格で医療機器販売か?!」というレポートが公表。両社間で、熾烈なバトルが勃発します。と当時に、公的年金の積立金の運用を行っているJPIF(日本公的年金運用基金)も、買い注文を入れるとともに、貸株を停止することで、パンゲアに挑んできます。いわば国家権力をも巻き込んだパンゲア包囲網が構築されていくのです…。ほかにも、「東京シロアリ防除の社長・寺門勇児」と「三金通商の常務執行委員で絵画部長の牛田保郎」を中心に展開される二つのドラマチックな話が出てきます。