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『一緒にお墓に入ろう』 - お墓をめぐる本人・妻・愛人のつばぜり合い

「お墓を扱った作品」の第二弾は、江上剛『一緒にお墓に入ろう』(講談社文庫、2021年)です。お墓のあり方をめぐって、妻と愛人の言動に右往左往する銀行役員の姿がコミカルなタッチで描きだされています。また、墓じまいがどのようにして決意され、どのような形で実施されていくのか? そのプロセスが克明に追跡されています。

 

[おもしろさ] 田舎にある実家のお墓をどうする?  

田舎から離れて、長らく都会で生活を営んでいる人々は、自分自身のお墓について大きな選択・決断を迫られることになります。実家の墓に入るのか、それとも近い所に新しいお墓を購入して、そこに入るのかという選択にほかなりません。本人だけでの場合だけでも結構悩むことになるのですが、配偶者の意向まで考慮に入ってくると、より複雑で多様な選択肢のなかから方向性を出すことを余儀なくされます。加えて、「一緒の墓に入りたい」という愛人の存在が絡んでくると、お墓をめぐる問題はハチャメチャな展開となっていきます。本書のユニークさは、第一に、主人公である60代の男性を軸に、その妻と愛人、さらには実家のある田舎で生活をしている妹夫婦が加わって、それぞれの思惑がリアルに描かれている点、第二に、都内の「納骨ビル」をはじめとする「お墓ビジネス」の最前線が紹介されている点にあります。

 

[あらすじ] 「一緒のお墓に入る」VS「絶対に入りたくない」

大谷俊哉63歳は、メガバンク四井安友銀行の常務取締役執行委員を務めています。たいした実力も定見もない彼がその地位にあるのは、頭取の木島豊のおかげ。十年来の愛人である40歳の水原麗子(カウンターバー「麗」のオーナーママ)の「一緒のお墓に入る!」という言葉を聞いて、心が重くなってしまった俊哉。しかし、兵庫県丹波にある実家の母・澄江が亡くなったことで、お墓をどうするのかという問題が急浮上します。彼は、長男ではあるものの、それまで、実家や墓のことにはまったく関心がありませんでした。自分たちのお墓が話題にのぼると、横浜で育った妻の小百合の方からは、「絶対に嫌。あんな山奥のお墓には絶対に入りたくない」と拒否の表明がなされます。さて、俊哉は、その難問にどのように対処していくのでしょうか? 身勝手な彼の、自業自得となる結末に至るまで、物語はノンストップで進んでいきます!