人を騙して、お金や品物を取ったり、損害を与えたりする詐欺という行為には、さまざまな手口があります。ポピュラーなところでは、オレオレ詐欺、還付金詐欺、ワンクリック詐欺、フィッシング詐欺、結婚詐欺など。冷静に考えれば騙されたりしないように思われることであっても、相手の心理に巧妙に付け込んでくるのが、詐欺師の常套手段です。騙されないぞと思っていても、騙されてしまう人が多いのはなぜでしょうか。江上剛さんは、その理由を「それぞれの人の弱み、欲望などを詐欺師が巧みに刺激する」からと述べています。今回は、そうした詐欺を生業としている詐欺師たちがどのような手口で人を騙していくのかを扱った作品を三つ紹介したいと思います。
「詐欺師を扱った作品」の第一弾は、新庄耕『地面師たち』(集英社、2019年)。騙して他人の土地を売り飛ばす、「地面師」と称される不動産専門の詐欺師たちの暗躍がリアルに描かれています。かつて、詐欺師の手中にはまり、なにもかも失った辻本拓海37歳。心に大きな傷を背負いながら、今度は自らが詐欺師となり、ほかの人達の善意や良心を食いものにしていきます。
[おもしろさ] 最初は半信半疑。が、最終的に騙されてしまう!
メンバー同士の入念な打ち合わせ、書類や証明書に誤りや漏れがないことの確認、物質証拠となりうる指紋の隠ぺい工作、物件の所有者となる人物の「なりすまし役」を選考するための面接、道具屋の手によって精巧に偽造される、土地売買に必要な証明書など、詐欺を演出するにも、「ここまでやるか」級の工夫・知恵・準備の数々が紹介されています。本書の特色は、詐欺師たちが「騙しのテクニック」を総動員しながら、ターゲットとなった人物たちをうまく自分たちの土俵の上に引き込み、半信半疑の状態から最終的には騙してしまうことになるプロセスの描写にあります。
[あらすじ] 「本物のワル」だった首謀者のハリソン山中
大物の地面師であり、詐欺グループの首謀者(前科二犯)であるハリソン山中。彼から地面師の仕事を教わり、数々の詐欺を一緒に行ってきた辻本拓海。以前は真っ当な司法書士でしたが、詐欺グループの一員となった後藤。独自なネットワークを有し、土地の情報を収集する「図面師」として一線を走り続けてきた竹下57歳。地主の「なりすまし役」を手配する役目を演じる麗子。そうした詐欺グループのメンバーたちは、ハリソンの計画に沿って、それぞれに課せられた役割を演じつつ、プロジェクトを達成していきます。ちなみに、ある企業からだまし取った7億円の配分を記しておきますと、発生したすべての経費を負担する首謀者・ハリソン山中が3億円、最も逮捕のリスクが高い交渉役の拓海と後藤が1億円ずつ、情報収集のキーパーソンとなる竹下が1億5000万円、麗子が5000万円となっています。それらは、資金洗浄を経てそれぞれの架空口座に振り込まれます。彼らの次のターゲットは、山手線新駅予定地にある市場評価額百億円の物件。騙す相手は、早急に開発用地を確保することを熱望していた大手ハウスメーカーの役員です。しかし、計画が途中で頓挫してもおかしくないような危機にたびたび見舞われることに……。一方では、定年を間近に控えた刑事の辰は、ハリソンをめぐって独自な調査を続けた結果、「本物のワル」にほかならなかったハリソンが拓海の過去に深くかかわっていたことを知ることになります。最後に拓海が知る驚愕の事実とは?