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『泣くな研修医』 - 泣いて、笑って、大いに悩んで

テレビドラマでよく取り上げられるお仕事のひとつに、医師があります。医師とは、医師法の適用を受けて、病気の診察、治療、投薬に当たる人のこと。もっぱら研究に従事する研究医を除けば、勤務医と開業医の違いはあるものの、医師の大部分は、患者とじかに接して診療に当たる臨床医によって構成されています。ときに「神技」とも言えるような力を発揮し、難しい病を治していく医師の姿は、ドラマティックなセッティングにふさわしい雰囲気を醸し出しています。とはいえ、医師もまた、喜怒哀楽の感情を有したごく普通の人間です。今回は、四つの作品を通して、そんな医師の仕事・喜び・辛さなどをさまざまな視点から考えてみたいと思います。

「医師を扱った作品」の第一弾は、中山祐次郎『泣くな研修医』(幻冬舎文庫、2020年)。 まるで「飯でも食いに行くか」というような口調で「じゃあ手術室行こうか」と言い放つベテラン医師も、新人のときからそうであったわけではありません。最初は皆、押しつぶされそうなほど、多くの不安や戸惑いを経験していたのです。ここでは、新米の研修医・雨野隆治25歳が無我夢中で患者たちと向き合う姿が実にリアルに、そしてすがすがしいタッチで描かれています。「半人前の医師」とでも表現できる研修医ならではの心の中を垣間見ることができる作品です。のちに、続編『逃げるな新人外科医』と続々編『走れ外科医』が刊行され、シリーズ化されていきます。2021年4月~6月にテレビ朝日系の「土曜ナイトドラマ」で放映された『泣くな研修医』(主演は白濱亜嵐さん)の原作本です。

 

[おもしろさ] 「戸惑い・驚き・不安」+「明日へのワンステップ」

本書のおもしろさは、研修医の雨野隆治が経験する「はじめて物語」の描写にあります。はじめての救急当直、はじめてのプレゼン、はじめての手術、はじめてのお看取りなど、すべてが「戸惑い・驚き・不安」を巻き起こす「個人的大事件」です。と同時に、「明日につながるワンステップ」でもあるのです。そんな新人研修医の心の揺れが見事にえぐり出されています。できることを全力でやることで、心に侵入してくる無力感をはねのける。患者さんからの「感謝の言葉をきちんと受け止められるくらいの仕事がまだできない自分が歯がゆかった。一日も早く成長しなければ……」。「頼む。頼む、神様。なんとか治してください。僕の全てをかけて、彼を治したい。神様、あと少しの力を」。

 

[あらすじ] それまで重症患者を診たことがなかった隆治

隆治は、大学を卒業したばかりの研修医1年目。勤務先は、東京の下町にあるベッド数500床の総合病院。物語は、いきなり緊迫したシーンから始まります。後期研修医(四、五年目の医師)であり、外科の直属の上司である佐藤玲と一緒に当直を行っていた隆治。救急車で運ばれてきたのは、高速道路で正面衝突の事故に遭った親子三人。ドライバーの父親は無傷ですが、母親は鎖骨骨折、そして小児は腹壁破裂でした。CT、手術、輸血などの手配をてきぱきと行っていく佐藤。一方、それまで重症患者を診たことがなかった隆治は、どのように立ち回ればよいのかがまったくわかりません。外科医の岩井の指示のもと、佐藤は手際よく手術をこなしていくのですが、そのプロセスが実に生々しく再現されています。手術の様子を傍で見ているだけの隆治。手術が終わると、失神してしまいます。なにもできず、なにもわからず、上司に怒られてばかりの毎日。しかし、ガムシャラに患者と向き合うことで、医師として成長していく隆治。思わず応援したいという気持ちになってしまいます!