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『広岡浅子 気高い生涯』 - もうひとつの広岡浅子像

広岡浅子を扱った作品」の第二弾は、長尾剛広岡浅子 気高い生涯 明治日本を動かした女性実業家』(PHP文庫、2015年)です。『小説土佐堀川』とはまた異なった視点で広岡浅子の生き様をフォローすることができます。「登場人物や出来事の内容・年次はもちろん史実に沿っている。が、それらの隙間を埋めるピースとして筆者によるフィクション的要素が三割ほど交じっている」。そのような作品に仕立て上げられています。

 

[おもしろさ] 「男尊女卑」VS「女性の自立」

本書のおもしろさは、第一に、広岡浅子を「実業家」としてだけではなく、「教育者」「キリスト教徒」という側面にも焦点を合わせて書かれている点にあります。「教育者」としては、日本女子大学の最重要スタッフの一人として奔走。『赤毛のアン』を翻訳して日本に女子向け児童文学の礎を築いた村岡花子や、近代の婦人参政運動をリードした女性政治家の先駆者である市川房枝も、浅子に親しく師事した「弟子」に当たる人物なのです。また、晩年に洗礼を受けてキリスト教に入信した浅子は、その発展にも大きく貢献しています。第二に、「男尊女卑」の考え方が「男性のみならず、女性の側にも自明の理として受け止められていた時代」に生まれ、育った浅子だったのですが、それを「当たり前」のこととしては受け止めず、「女性の自立」をめざそうとしたのはなぜかについて解き明かそうとしている点にあります。

 

[あらすじ] 両替商から炭鉱業を経て、銀行・生命保険へ

2歳のときに定められた取り決めにより、17歳で結婚した浅子。嫁ぎ先は大阪の豪商加島屋。大阪で一、二を争う両替商で、「鴻池とさえ肩を並べる」と称されました。京に拠点を置く三井家よりは少しだけランクが高い商家でした。夫の信五郎は、「ノンビリした性格で、子供の頃から活発な浅子に引っ張り回される役回り」でした。浅子に対しては、「女のくせに生意気だ」といった居丈高な思いをまったく持たず、「好きにしたらええ」という態度で接していたのです。彼女の方は、寝る時間を割いて簿記・算術・商いに関する書物を読んで、一心に熟達を図っていきます。20歳のとき、明治維新で日本という国はガラリと変わってしまいます。新政府による「銀目停止」(これからは銀を使わず、金で貨幣流通させるというもの)の法令によって、両替商の屋台骨が大きく揺るがされることに。嫁入り道具もすべて売り払い、加島屋の資金繰りに回す浅子。新たに目を付けたのが、炭鉱事業でした。浅子が前面に立って邁進していきます。そして、それを足掛かりに銀行や生命保険会社を創設させ、近代日本の金融業者として大きく発展していくのです。