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『家康、江戸を建てる』 - 「江戸・東京はじめて物語」! 

1590年夏、小田原城攻めの陣中、豊臣秀吉は、徳川家康に次のような主旨のことを告げたそうです。この戦が済み次第、「北条家の旧領である関東八か国をそっくりさしあげよう。合わせて240万石。天下一の広大な土地じゃ。お受けなされい」。しかし、その代わり「家康の所領を全部差し出さなくてはなりません」。この「国替え命令」は、表向きは功に報いると見せかけて、実は家康の勢力削減を狙った狡猾な命令と言わざるを得ないものだったのです。「断固拒否すべし」と息巻くる家臣たち。家康(49歳)は憤慨するものの、結局は「関東には未来がある」と、秀吉(55歳)の命令に応じることとなります。その後、実際に江戸に足を踏み入れた家康が見たのは、まるで荒れ寺のようにさびれた「江戸城」の姿でした。そして、周囲には、実に水浸しの低湿地が延々と広がっていたのです。ところが、そのような荒涼とした土地は、やがて世界最大級の大都市に変身していくことになります。今回は、江戸・東京の「はじめて=基礎づくり」に尽力した人たちの困難を究めた物語を浮き彫りにするために四つの作品を紹介します。

「江戸・東京はじめて物語」を扱った作品」の第一弾は、門井慶喜『家康、江戸を建てる』(祥伝社、2016年)です。江戸の町が成り立つためには、さまざまなインフラの整備が不可欠でした。本書では、治水、貨幣、飲料水、江戸城の石垣、天守の建造という五つの話を通して、江戸の基礎づくりの過程が明らかにされています。2019年1月2日~3日にNHKで放映された正月時代劇『家康、江戸を建てる』の前編「水を制す」(主演は佐々木蔵之介さん)と後編「金貨の町」(主演は柄本佑さん)の原作。

 

[おもしろさ] 天守武家屋敷・寺・商家の蔵を彩るのは漆喰の白

本書の魅力は、江戸の町が発展するための基礎づくりが五つのテーマ(①江戸を水浸しにさせないための治水工事、②国の独立性を堅持するためには不可欠な独自な貨幣の鋳造、③清水・飲み水を江戸の市民に提供する事業、④関ヶ原の戦いで天下を制した徳川家康の根城にふさわしい天下一の城の建設とそのために必要な「十万個をはるかに越える巨石」の確保、⑤建造された江戸城の「白一色の天守」が意味したのは、天守武家屋敷・寺・商家の蔵などをおおむね漆喰の白で彩るという、平和に合致した「白を基調とした江戸の都市づくり」の考え方)にそくして、ドラマチックに描かれている点にあります。

 

[あらすじ] 伊奈家三代の四人の男たちの総決算となった大事業

徳川家康から「江戸の街そのものを築く基礎づくり」という大事業の差配に抜擢された伊奈忠次。「江戸には、北から何本もの川が流れ込んでいて、これが江戸を泥地にしています。これを何とかしないことには、文明の世は永遠に来ない」。そこで、流量が多く、江戸湊(東京湾)にそそぐ広い河口を有し、江戸の地を水びたしにする元凶と見なされた利根川の流れを、江戸を通らず太平洋・鹿島灘に注ぐという現在の流れに変えるという壮大なプロジェクトが立案・実施されていきます。その後、関ケ原の戦いで勝利を収めた家康が天下人になると、江戸には膨大な物資と人員がなだれ込み、街は急ピッチに発展。河川の修理、新田開発、検地、街道の整備などといった代官の職務を統括する地位に任じされたことで、激務を究める忠次。また、家康の関東入府から30年近くが経過すると、治水から利水へと、時代のニーズも変化。利根川東遷というこの大事業に着手した彼自身は、その完成を見ることなく、あの世に旅立ってしまいます。忠次の遺志は、長男の熊蔵、次男の忠治や、さらには忠治の長男である半左衛門など、伊奈家三代にわたって引き継がれていきます。そうした第一話のほか、四つの話が所収されています。