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『ザ・ロイヤル・ファミリー』 - 「親子二代」にわたる馬主同士の「対決・交流」

「競馬を扱った作品」の第二弾は、早見和真『ザ・ロイヤル・ファミリー』(新潮社、2019年)です。先に紹介した古内一絵『風の向こうに駆け抜けろ』では、主に旗手・厩務員に焦点が当てられていました。それに対して、この作品では、「馬主の秘書(マネージャー)」をナビゲーターに据え、彼の目線から馬主・競馬の世界が描かれています。「多くのレースに勝利を収める馬の持ち主」と「なかなか勝てない馬の持ち主」という二つのタイプの馬主を登場させ、馬主の心の動きや両者間で繰り広げられる「親子二代」におよぶ「対決と交流」が描写されているのです。「競馬における一番の魅力は『継承』です。馬の血の、ジャッキーの思いの、そして馬主の夢の継承に他なりません」。

 

[おもしろさ] 馬主の心の内には? 

レースで勝つためには、力のある良馬の買い付けから始まり、入念な調教を施すなど万全の準備をしなければなりません。そのため、非常に長い年月と多額の費用が不可欠となります。しかし、いくら準備しても、結果は偶然に左右されてしまうところがあります。そもそも勝利を収めるのは、出走する馬のうち一頭にすぎません。「儲けてる人なんて一割もいないんでしょう? 一馬に一億、二億ってさ。あんなことに熱を上げてたらあっという間に金なんてなくなるよ。見栄なのかロマンなのか知らないけど、正直、バカが手を出すものだと思ってる」。そのような言葉さえ投げかけられることもあるのが、馬主の世界なのです。それでも、いつの日にか勝利する瞬間を夢見て、馬主であることを止めようとはしないのです。それはいったいなぜなのか? 馬主の心の内には、いったいどのような光景が広がっているのか? 優雅で繊細で美しい競走馬の姿、興奮と静寂のコントラストのなかに浮かび上がる競馬場の絶景、激しい感動と絶叫を演出するレースのシーンなど、力のこもった数々のコンテンツが散りばめられているのもまた、この本の大きな魅力と言えるでしょう。

 

[あらすじ] 「親から子へ」の継承 - 馬・馬主・旗手

新宿にある税理士法人に勤務していた栗須栄治。大学時代の友人・大竹雄一郎を通じ、大竹の叔父に当たる山王耕造62歳と知り合います。そして、耕造が経営する人材派遣会社「ロイヤルヒューマン社」に転職。3年後には彼の専属秘書に抜擢されます。山王のもうひとつの顔は、多くの競走馬を有する馬主であること。彼にとっての競馬は、仕事以外の唯一の生きがい。平日は仕事にまい進するものの、週末、「ロイヤル」の冠がつく彼の馬が出走するともなると、全国に点在する競馬場にも繰り出すのでした。耕造の妻や子どもたちは、彼が競馬にのめり込み、家庭をないがしろにするものですから、競馬というものを本当に毛嫌いしていたのです。その後、本業の方がさらに発展すると、会社の勢いに比例するように、耕造はさらに競馬にのめり込んでいきます。わずか4年で所有する現役馬の数も50頭近くに跳ね上がりました。他方、「アキノリリー」という愛馬でダービーの栄光に輝いた、日本競馬界有数の馬主の一人に、椎名義弘がいました。彼は39歳という若さ。そして、「ロイヤルヒューマン社」と同じ人材派遣業界の最大手である「ユアーズ社」の創業経営者でした。しかも、馬主としての実績も群を抜く存在だったのです。それに対して、耕造の方は、「勝てず、稼げず、称賛もされず。ケンカをして、人が離れ、インターネットでは罵詈雑言を浴びせられ」ている存在です。彼は椎名に対抗してか、なにかに衝き動かされたかのように馬を買いあり続けるのでした。やがて、栄治の元恋人・野崎加奈子の実家でもある北海道の生産牧場「ノザキファーム」で育てられた馬が、「ロイヤルホープ」という名で耕造の持ち馬に加わります。数年後の競馬界を席巻することになるのですが、日本ダービーでは、わずか10センチおよばず、2着。優勝したのは、椎名の持ち馬である「ヴァルシャーレ」でした。こうして、山王家と椎名家の「対抗劇」が本格的に始動します。しかしながら、山王家の「ロイヤル」が圧倒的な存在感を示すようになるのは、かなり先の「ロイヤルファミリー」の登場を待たなければならなかったのです。思いもよらないことに、その馬主は、耕造の息子(非嫡出子)である中条耕一。そして、その馬で活躍することになる旗手は、野崎加奈子およびのちに彼女と結婚することになる栄治の息子・野崎翔平だったのです。