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『空の城』 - 堅実商法であったはずの安宅産業がなぜ破綻したのか? 

「商社を扱った作品」の第二弾は、松本清張『空の城』(文春文庫、1982年)です。1904年に安宅弥吉が創設。官営八幡製鉄の指定商社として、国内の鉄鋼市場に強力な地盤を築き上げた安宅産業。しかし、NRC(ニューファンドランド・リファイニング・カンパニー)プロジェクトの失敗を契機として、1977年10月に住友銀行の主導のもとで、伊藤忠商事に吸収合併されます。従業員3600人、年商2兆円を誇り、「石橋を叩いても渡らない」という堅実商法を表看板にしていたはずの安宅産業(作中では江坂産業)が崩壊したのはなぜか? その「全貌」が明らかにされています。1980年12月にNHKで放映された五時間ドラマ『ザ・商社』(出演は山崎努さん、夏目雅子さん)の原作です。

 

[おもしろさ] 焦り、不利な条件、さらにオイルショック……

本書の特色は、江坂産業が破綻していく理由とそのプロセスを見事に描き出している点に凝縮されています。十大総合商社の一角に入るとはいえ、江坂産業の石油部門は弱体でした。そこからくる焦りというものが、たとえ不利な条件であっても、精油部門への進出に前のめりしていく要因となっています。もしオイルショックさえなければ、NRCプロジェクトはきっと江坂産業の「希望の星」になり得たかもしれません。しかし、そのような展開は許されませんでした。破綻をもたらした理由として、ほかにも会社の「資金」を使って、古い陶磁器の収集に血眼になったり、自分に立てつく者はたとえ社長であろうが、簡単に放逐してしまったりという江坂要造社主の公私混同ぶりにも言及されています。

 

[あらすじ] 「破綻への序曲」となったのは? 

1912年4月、タイタニック号が流氷に激突して沈没した、カナダ・ニューファンドランド沖からそれほど遠くないところに、州都セント・ジョーンズの町、さらに北東に行ったところにカンバイチャンスがあります。そこで建設される大製油所への江坂産業の関わりが物語の発端です。1973年、十大商社の末席に位置づけられていた江坂産業の主力は鉄、パルプ・木材、工作機械の三本柱。石油部門は極めて弱体でした。そうした遅れをカヴァーすべく、江坂アメリカの上杉二郎社長(のちに本社の原燃料・鉱産担当常務取締役になる)は、NRCの代表者であるアルバート・サッシンと6年近く粘り強い交渉を行いました。結果として、精油所の原油取引の特約代理店になる話が浮上。そのプロジェクトは、江坂産業にとっては非常に不利であったとはいえ、動き出した時点では、けっして無謀なものとは言えないものでした。しかし、オイルショックで安い原油が調達できなくなると、すべての歯車が狂い始めます。「破綻の序曲」とも言うべきその計画の挫折が、今度は江坂産業本体そのものを危機に追い込んでいくことになります。