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『総合商社特命班』 - 「総合商社の概念を超える仕事」を見つけろ! 

『不毛地帯』『空の城』の二作品では、高度成長期における総合商社の変化が扱われていました。その時代の商社にとって、大きな変化とは、主に取り扱うモノが一層拡充されていくプロセスでした。それに対して、バブル崩壊後における商社の変化は、モノだけではなく、ヒト、カネ、さらにはコトといった、より多様な対象をグローバルな規模で扱い、それらの結合を通じて付加価値を高めていく過程と表現することができます。「商社を扱った作品」の第三弾となる波多野聖『総合商社特命班』(ハルキ文庫、2021年)は、そうした総合商社の今日的課題と真っ正面から格闘した作品です。「社長特命班」への勤務を命じられた商社マンに期待されたのは、「総合商社の概念を超える仕事」を見つけることだったのです。

 

[おもしろさ] 「不都合な真実」と「あるべき商社像」

日本の総合商社では、「入社して配属された部門で、ほぼ全員がその職業人生を終える。機械部に配属されれば機械屋で終わり、肥料部に配属されれば肥料屋で終わる」。総合商社という集合的企業体のなかで、自分たちの部門がどんな存在なのかという疑問を持つことはありません。総合商社の収益の主要な源泉が「2000年以降から始まった資源バブル」に由来しているという「運の良さ」。「非資源部門や旧来の商社ビジネスから大した儲けが出ていないにもかかわらず、多くの人材や資本を配分し続け」ており、赤字を垂れ流しているという「甘やかし」。そのような「運」と「甘やかし」が商社の存在を支えていたのです。本書のユニークさは、日本の総合商社にとって、そうした「不都合な真実」を明らかにして、「あるべき商社像」を描き出そうとしている点にあります。1990年代初頭、未知の領域であったITビジネスに参入し、じっくり時間をかけて事業を育て、専門家を育成する試みを中途半端に終わらせなかったならば、いまのGAFAMのようになっていたかもしれません。そういったチャンスは、「右から左に瞬時に動かして利益を得ようとする」商社マンの口銭商売の習性によって実現されなかったのです。興味深いエピソードのひとつと言えるでしょう。

 

[あらすじ] 「社会貢献」という新しい領域への模索も

「もうお終いだ! 俺もお前も、全てお終いなんだよ!!」 2019年12月31日、総合商社・永福商事の本社ビル「NFタワー」36階。非常脱出用の扉を開けて飛び降りを試みようとしたのは、入社10年の池畑大樹と青山仁。「ばれたら二人とも背任で懲戒処分は絶対に免れない」。彼らが行った「犯罪的行為」は、2月後半、フィリピンに調査チームが送られれば発覚するはずです。しかし、「武漢で発生した新型肺炎」がアジアで蔓延すれば、現地に調査チームを送ることができなくなるのでは。落ち着きを取り戻した二人は、まだ時間が残されていることに気づきます。やがて「カミカゼ」が吹くかのごとく、新型コロナウイルス対策が最優先され、海外出張も無期延期の措置が採られることとなったのです。二人の出会い、新しい感覚で「社会貢献」という新しい領域に商社の活動を拡大していこうとする二人の意気込みと行動、自殺を思い込むに至った事情、その後の二人に待ち受けていた新たな展開などが明らかにされていきます。