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『転職の魔王様』 - 多くの人が気づいていないこと

「職探しを扱った作品」の第三弾は、就職三年目に勤務先である大手広告代理店からの退職を余儀なくされた女性・未谷千晴の転職とその後の活躍を描いた額賀澪『転職の魔王様』(PHP研究所、2021年)。学生であれ、社会人であれ、就職活動をする者にとって最も大切なこととはなにか? それは、「己と、己がおかれている状況を知り、自分で考え、決めること」にほかなりません。当たり前のことであるとともに、ひょっとしたら、多くの人が気が付いていないことかもしれませんね。そうした「職探しのキホン」を示唆してくれる作品です。そのように千晴にアドバイスをしてくれたのは、「転職の魔王様」という異名を有する凄腕のキャリアアドバイザー・来栖嵐でした。

 

[おもしろさ] 「自分で決めてください。大人なんですから」

まず、未谷千晴が大手広告代理店に就職したかった理由とはなにか? この点から確認しておきますと、それは、「みんなが凄いねと言ってくれる」からというものでした。次に、そこで一生懸命働いたのは、なぜでしょうか? 「必要とされていたと思っていた。必要とされていたからこんなに忙しいんだ。必要だから、期待されているから、上司はこんなに自分に厳しいんだ」と思っていたからです。また、「誰かに気に入られようと、役に立つ人間だと思ってもらおうと、必死だった」からです。それに対して、「転職の魔王様」が、そうした姿勢・考え方には大きな問題があることをはっきりと千晴に指摘します。なぜかと言うと、それは、「自分の価値を他人の価値観に委ねる」ことになり、その結果、「こき使われて壊れたら捨てられる」ことになってしまうからです。「自分の価値ぐらい、自分の価値観で測ったらどうか」「どんな会社でどんな仕事をしたいのか、自分の人生のビジョンを描く」ことの大切さを伝えるのです。そして、「私はどうすればいいんでしょうか」と問いかける千晴に対して、「そんなこと自分で決めてください。大人なんですから」と言い放つのです。

 

[あらすじ] たとえ失意のどん底にいる人であっても

大学卒業後に未谷千晴が入社したのは、業界最大手の広告代理店「一之宮企画」。花形部署である第一営業企画部を部長として仕切っている竹原は、典型的な体育会系気質の持ち主。「死に物狂いで働け。24時間働け。一度取り組んだ仕事は死んでも話すな!」と新入社員に檄を飛ばす上司です。彼の「専属秘書のような状態」になり、苦闘する千晴。やがて、心身共にボロボロになり、退職を決意。働く希望すっかり無くしてしまったのですが、「ちゃんと働きたい」と、叔母である落合洋子が経営する人材紹介会社「シェパード・キャリア」を活用しながら、就職活動を始めます。そして、そこで来栖嵐と出会うのです。面談初日から、不躾な態度で接する来栖に、千晴は大いに戸惑うことに。彼は、たとえ失意のどん底にいるような人に対してでも、けっしてブレない、凛とした態度で接することができる人物だったのです! その後、千晴は、なりゆきで試用期間として1年間、シェパード・キャリアで転職者のサポートをすることになります。