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『翻訳ガール』 - 文芸翻訳というお仕事の真髄

「働く女性を扱った作品」の第四弾は、翻訳者の喜びと苦労を綴った千梨らく『翻訳ガール』(宝島社文庫、2014年)です。「原書から受けるイメージが、ほとんどそのまま残されている」。そうした翻訳が実現されるには、その内容をとことん理解したうえ、日本語の表現力にも長けた翻訳家が求められます。

 

[おもしろさ] これしかないという表現を見つけたときの昂揚感

本書の魅力は、どうにもひきつけられる文章、言葉の妙、醸し出す空気感に魅せられたり、これしかないという表現を見つけたりしたときの昂揚感・喜びに出会うといった翻訳業の楽しみとともに、その苦しみにも気づかされる点に尽きるでしょう。そもそも、翻訳家になること自体、相当に難関! 「日本ではまだ出版されていない海外小説の中で、世界観や登場人物や言葉の選び方などすべて気に入ったものを翻訳して出版社に送りました。けれども、原稿がきれいそっくり送り返されたり、没のメールをいただいたり、梨の礫だったり。結果は惨敗でした……。まあ、どんな世界でも新人が入りこむのは狭き門」なのですが。

 

[あらすじ] 次々と襲いかかる敵意や嫌がらせ

アットホームな「翻訳会社タナカ家」。「認め合い、分かち合い、助け合い」という今は亡き初代家長(社長のこと)による三つのアイの精神が、社員たちによって受け継がれています。また、「誤訳があれば代金をお返しします」というキャッチフレーズを掲げた質の高い仕事ぶりが評判の会社でもあります。そこで「チェッカー」と呼ばれる校正者として働く有能な翻訳家・目白泉子は、同社を自分の「大切な居場所」と感じています。ところが、タナカ家のホームページに泉子を名指しした中傷コメントが幾度となく書き込まれたり、無言電話に苦しめられたり、事務所周辺にベタベタとA4サイズの「中傷ビラ」を何枚も張られたりして、怒りと震えに苛まれる日々を過ごしています。引きこもりがちで孤独な少女時代を過ごした主人公・泉子は、そうした難題にどのように立ち向かうのでしょうか?