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『鉄のあけぼの』 - 「鉄のパイオニア」西山弥太郎! 

工業国において最も基幹的な産業としての地位を保ち続けている鉄鋼業。日本では、2019年の粗鋼生産量で世界第3位にランクされている日本製鉄を筆頭に、第11位のJFEスチール(元川崎製鉄)や第55位の神戸製鋼所といった大企業が存在しています。いまでこそ、世界の大企業と戦えるメーカーが複数あるわけですが、そうした大鉄鋼メーカーが誕生・成長し、巨大化していく過程は、実にドラマティックなもの。ちなみに、2020年における世界の粗鋼生産で比率が最も高い国は中国(約56%)で、日本(第3位)の22倍以上に達しています。時の流れの急激さに、驚きを感じざるを得ません。今回は、わが国の鉄鋼業の歩みを知ることができる三つの作品を紹介します。

「鉄鋼業を扱った作品」の第一弾は、黒木亮『鉄のあけぼの』(上下巻、毎日新聞社、2012年)です。川崎製鉄の初代社長であり、昭和28年に世界最大級・最新鋭の千葉製鉄所を創った西山弥太郎の生涯を実名で描いたドキュメンタリー小説。「鉄のパイオニア」の素顔を通して、日本製鉄史の流れをフォローできる一冊! 

 

[おもしろさ] 「だれが反対しようと、やると決めたらやるんだ」

本書の魅力は、なんといっても、西山の千葉製鉄所建設という遠大な計画を前にして立ちはだかる障害の数々とそれをどのように乗り越えていくのかについての叙述にあります。と同時に、西山の信念・人物像がクリアに析出されているのも、大きな魅力と言えるでしょう。いくつか紹介しておきましょう。「謹厳だった父親に厳しくしつけられた」ためか、子ども時代から持っていた「類いまれな自制心や責任感、判断力」。川崎造船所に技術員(技師)として入社した西山。「技師は研究や設計が仕事で、現場に出ないのが普通だったが、積極的に現場に出て職工たちと働き、暇を見つけて技術書を読んだ」。「綱の品質を向上させるため、さまざまな提案をしていた」。やがて核心に変わっていく、「高炉を持つ一貫製鉄所でなくてはならぬ」という信念・執念。戦後にあっては、「だれが反対しようと、やると決めたらやるんだ」。「戦前のように軽工業だけで9千万人を養うことはできない。重化学工業への転換が必要だ。それには鉄だ」。

 

[あらすじ] 鉄一筋の道をわき目もふらず歩み続けた生涯

東京湾の東側を弓型に縁どる日本屈指の工業地帯。戦後復興の牽引車となった京葉工業地帯も、終戦後数年間は、荒れ果てた土地と海があるばかりの場所でした。それが近代工業地帯として大きく変貌する契機となったのは、川崎製鉄千葉製鉄所の建設でした。日本初の臨海製鉄所であり、戦後初めて建設された製鉄所でもあったのです。製鉄所建設を発表したときには、「暴挙」「博打と同じ」「川崎製鉄が千葉の建設を強行するなら、敷地にぺんぺん草が生える」などと批判の嵐に晒されたのですが、実現までこぎつけた59歳の西山。彼の執念、鉄に対する考え方はどのようにして培われてきたのでしょうか? 明治26年に生まれ、一高から東京帝大工学部冶金学科に入学し、鉄一筋の道をわき目もふらず歩み続けた、その生涯が紐解かれていきます。