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『鉄人伝説』 - 新日鐵が辿った道のりを描いたドキュンタリー小説

「鉄鋼業を扱った作品」の第二弾は、小野正之『鉄人伝説 小説新日鐵住金』(幻冬舎ルネッサンス、2013年)です。戦後の高度成長を支え、産業界を牽引した鉄鋼業の中心的存在であったのは、八幡製鉄と富士製鉄の合併によって世界一となった新日鐵でした。その後、ルクセンブルクアルセロール・ミッタルや韓国のポスコなどのメーカーが急成長を遂げたため、世界6位に後退。しかし、2012年に住友金属と合併して「新日鐵住金」が成立すると、再び世界一の座に挑戦。そんな新日鐵が辿った道のりを描いたドキュンタリー小説です。なお、昔から製鐵会社は、「鉄」ではなく、「鐵」という字を使用しています。なぜならば、「鉄」は、分解すると「金を失う」となり、鐵は「金の王哉」となるからです。

 

[おもしろさ] 鉄鋼業の発展を彩ったエピソードが満載

本書の特色は、新日鐵の歴史を八幡製鐵稲山嘉寛社長や富士製鐵永野重雄社長といったキーパーソンではなく、両社の合併によって成立した新日本製鐵で輸出第一部長となり、日本の鉄鋼輸出を牽引した寺西信美に力点を置いて記述されている点にあります。中国への鉄鋼輸出をめぐる紆余曲折、好不況という激しい変化に伴い「王者か乞食か」と称されるほど苦労が絶えなかった鉄鋼輸出、ドイツでの駐在時代に各国における鉄鋼首脳との人脈を構築したこと、日本の古い設備はすべて戦争によって破壊されたがゆえに、戦後は最先端の技術でもって始動することができたという日本鉄鋼業の「強み」、寺西を悩まし続けた日米間の鉄鋼貿易摩擦、八幡・富士合併の舞台裏、オイルショックによって表面化した従来の「設備増強一本やりの経営」からの脱却、日本の製鉄技術の中国への移転など、鉄鋼業の発展を彩った興味深いエピソードが満載されています。

 

[あらすじ] 生涯を鉄鋼輸出に捧げた寺西信美

日本製鐵の入社したものの、過度経済力集中排除法により、1950年に八幡製鐵富士製鐵に分割された際、八幡製鐵の方に配属された寺西。同社の初代輸出部長となり、合併後の新日鐵でも輸出第一部長として活躍。1979年には副社長に昇進したときも、彼の管掌分野は一貫して輸出でした。その後、社長になる日鐵商事でも鉄鋼輸出に携わったのです。こうした経緯から、「日本鉄鋼輸出のゴッドファーザー」と呼ばれた寺西。「誠実と信頼」を信条とする彼の活躍が浮き彫りにされています。