コロナ禍で人の移動が抑制され、大きく利用客が減ったものの、ここにきて、復調の兆しが見えつつある宿泊業。近い将来、本格的なインバウンドの到来とともに、業績回復が期待されています。今回は、宿泊業のうち、ホテルに焦点を合わせた作品を三つ紹介します。もちろん、同じくホテルといっても、抱えている課題はけっして一様ではありません。そこで、巨大ホテルチェーン、コミュニティホテル、老舗高級ホテルという、それぞれに異なる個性を有した三つのホテルを取り上げてみました。なお、ホテルについては、2020年7月7日~16日の本ブログでも取り上げております。興味のある方は、ご参照ください。
「ホテルを扱った作品」の第一弾は、巨大ホテルチェーンの創設プロセスを描いた楡周平『TEN』(小学館、2018年)です。この本は、横浜のドヤで育った中卒の主人公・小柴俊太が、料亭の下足番から働き始め、一流ホテルに就職し、社長の右腕として実力を発揮するという一大サクセス・ストーリーです。そうは言っても、サクセス・ストーリーにありがちな「スーパーマン」的人物の立身出世物語ではありません。「テン」という綽名を持つ俊太のキャラクターは、度胸はあるものの、いつも凡人的な悩みを抱え続ける、実直な人物。人を思いやる気持ちも強く、自分を取り立ててくれた人のためには、その恩に報いるために精一杯頑張るという、恩義に厚い人物でもありました。ホテルが抱えていた課題が「異端児」とも言える社員のアイデアと実践力によって克服されていく事例となります。
[おもしろさ] ホテルマンたちの最前線での苦労と喜び
本書の一番の魅力は、なんと言っても、ストーリー自体のおもしろさにほかなりません。と同時に、①高度成長期に日本のホテル業界が経験した大きな変化-かつてのホテルは単なる宿泊施設。それが「余暇・休日を楽しむ場所」へと変わっていった-とそれを作り上げたホテルマンたちの、最前線での苦労と喜びを満喫できること、②「仕事のやり方」を学ぶことができること、③「男の嫉妬」という形であらわれる、人間の悲しい本性に驚かされることなど、おもしろさ満載の作品と言えるでしょう!
[あらすじ] ホテルが抱えていた難問を次から次へと解決
終戦12年後から物語がスタートします。小柴俊太19歳は、3年前から日雇い労働者。時々、悪知恵を働かせ、当たり屋稼業をやっていました。ある日のこと、偶然出会った友人の麻生寛司24歳に紹介されて働くようになったのが、料亭の雑用係・下足番。やがて、ムーンヒルホテルの御曹司で、営業部長から後の社長になる月岡光隆にその才能を見出され、同ホテルで働くことに。そして、月岡のもと、ホテルが直面していた課題・難問を次から次へと解決し、ムーンヒルホテルの発展に大きく貢献していきます。