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『総会屋錦城』 - 企業の味方か、敵か? 

企業の株主総会がピークとなった2022年6月29日。東京証券取引所によると、3月期決算の上場企業の26%に当たる約600社で、株主総会が開かれました。コロナ禍を受け、オンライン開催が増加し、お土産の廃止も広がるなど、総会も様変わり。しかし、最も大きな変化はというと、開催が一日に集中する比率が大いに減少したことではないでしょうか? 1995年における集中率が96.2%であったことを考えますと、その変化は一層際立ってきます。では、そうした「集中率の低下」=「株主総会の分散化」がなぜ進んだのでしょうか? 最大の理由は、金品目当てで総会に出席し、不当な要求をすることも多い「総会屋」の減少にあります。警察庁によれば、総会屋の数は、1983年の約1700名から2021年の180名へと、40年弱の間に約10分の1にまで少なくなったのです。かつては、総会屋が複数の総会に出席できないようにするため、多くの企業は同じ日の同じ時間帯に総会の開催を集中させることをごく普通に行っていました。ところが、1982年施行の改正商法で総会屋への利益供与が禁止されるなど、総会屋に対する取り締まりが強化。他方、企業に情報を開示させる枠組みも整備され、総会屋が非公開の情報をもとに揺さぶりをかけることもやりづらくなってきています……。では、企業にとって、総会屋とは、いかなる存在だったのでしょうか? 今回は、総会屋を素材にした作品を三つ紹介します。

「総会屋を扱った作品」の第一弾は、城山三郎の短編小説「総会屋錦城」(『総会屋錦城』新潮文庫、1963年所収)。「総会屋」という「職業」が広く世間に知れ渡る契機になりました。株主総会の会場やその裏側で暗躍する総会屋の老ボス錦城が主人公。企業が抱える裏の部分が鮮明に浮き彫りにされています。第40回直木賞を受賞した城山の出世作。錦城のモデルは久保祐三郎。

 

[おもしろさ] 企業と総会屋。もちつもたれつの関係も

会社から金品を引き出すことを目的に活動する総会屋には、「与党」と「野党」というふたつのタイプがあります。前者は、経営に意見する株主に対して、「そんな下らん質問などするな」と叫んだり、威嚇したりといった具合に、できる限り総会を「シャンシャン」と終わらせる役割を果たします。それに対して、後者は、公開されていない情報などをもとに、会社側の問題や不祥事をとことん追求する役割を演じるのです。本書に登場する錦城は、前者に属しています。最後の臨時株主総会を無事に乗り切ったとき、老総会屋が直系の子分格の間宮に尋ねます。「いま何時だ」。総会が長引いたときに、時間を聞くのが錦城の癖。「10時18分。18分かかりました」。総会屋にとって、仕事の出来不出来は総会に要する時間の長さで表されたからです。本来ならば充分な時間をかけて質疑応答を行うべき株主総会がいかに形骸化しているかを象徴的に示す言葉でもあります。ちなみに、錦城が息をひきとる直前に死力を尽くして鉛筆で書いた生涯最後の言葉もまた、「い ま な ん じ」でした。

 

[あらすじ] 黒子に徹した責任感のある実直な総会屋

「会社の闇の血を吸って生きている」総会屋という稼業を続けて60年の錦城。いまでは死を予感させるほどに弱った体力の最後の力を振り絞り、大洋銀行の臨時株主総会を無事に終わらせ、扇山という銀行を喰い物にしようとするダニの手から銀行を守ろうとします。そこからは、カネにはさほど執着しない、黒子に徹した責任感のある実直な総会屋の姿が浮かび上がります。