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『三等重役』 - 戦後派サラリーマン社長の心の揺れと不安

「戦後復興期を扱った作品」の第二弾は、源氏鶏太『三等重役』(新潮文庫、1961年)。1951年8月23日号から52年4月13日号の『サンデー毎日』に連載され、話題を呼んだサラリーマン・ユーモア小説。「三等重役」とは、公職追放によって、戦前からの経営者が多数第一線から離脱したことでタナボタ式に生まれた、「ありていに言えば、よく社長になれた」と揶揄された戦後派経営者たちのこと。そんな戦後派経営者の心の揺れ・不安を軸に、サラリーマンの生活ぶりや考え方、時代の雰囲気が軽快なタッチで描写。1952年5月29日に公開された東宝映画『三等重役』(春原政久監督、河村惣吉・森繁久彌出演)の原作。

 

[おもしろさ] 戦後復興期のサラリーマン点描

経営面で社長がどんな苦労をするのかといった実務上の話はあまり出てきません。しかし、高度成長以前のどちらかと言えば、「ノンビリ・ムード」に浸っていたサラリーマンや社会の状況が浮き彫りにされています。例えば、①高層ビルが存在しない時代なので、会社の建物の屋上が風光明媚な眺望のデートスポットになっていたという話、②戦後派の自由な発想とそれにおののく戦前派の考え方のズレ、③同じ会社で共稼ぎをすることが事実上「禁止」されていたという話、④結婚すれば、妻は家庭に入り、夫の給料で生活するのが当たり前の「社会常識」とみなされていたこと、⑤当時の平社員の月給が1万~1万3000円程度であったこと、⑥サラリーマンたちの家庭にも10時半とか11時といった「門限」があったことなど、興味深い話が収められています。

 

[あらすじ] 総務部長からいきなり社長になった桑原さん

戦時中は一介の総務部長にすぎなかった桑原さん。ところが、先代社長の奈良さんをはじめ数人の重役がすべて公職追放に。「パージ中は、特別にこの会社の経営を君に預ける」という奈良さんのひと言で社長になってしまいます。物語は、追放解除によって先代の社長が復帰するかもしれないという情報に揺れ動く桑原さんの心情の描写から始まります。不安を抱えながらも、なんとか社長業を務めていた桑原さんは、奈良さんの復帰がなくなると、徐々に独自の風格を築き上げていくことになります。