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『小説電通』 - 広告代理店同士の熾烈なバトルの行方

目の前に欲しいモノがいくつかあり、どれかを選ぶとします。そんなとき、決め手となるのは、商品の品質・価格・デザイン・評判など、多様です。しかし、広告もまた、判断に大きな影響を与えるのではないでしょうか? 実際、広告の良し悪しは、商品の売れ行きを大きく左右します。それゆえ、広告に携わる業界は、経済活動のなかでも重要な一角を占めています。広告業界は、広告を出したい「広告主」、広告を制作する「広告制作会社」、広告を消費者に伝える「媒体」、広告主と消費者の架け橋となる「広告代理店」の四つから成り立っています。なかでも際立って大きな存在感を有しているのは、広告代理店です。今回は、広告代理店や広告制作会社の実態に迫るために、広告会社を扱った作品を五つ紹介します。

「広告会社を扱った作品」の第一弾は、大下英治『小説電通』(徳間文庫、1984年)。数ある広告代理店のなかで、世界一の規模を誇り、巨象のような存在感を持っている電通。1979年における日本の総広告費2兆1133億円のうち、約4分の1に当たる5277億円を占有。二位の博報堂(1886億円)は、3分の1程度でしかありません。民間放送局に対して圧倒的な支配力を誇っていることから「築地編成局」と揶揄されたり、CIAまがいの情報謀略工作を絡め、「電通CIA本部」とさえささやかれたりしていたのです。そうした電通の「内幕」がフィクション仕立てでえぐり出されるとともに、ライバル社との熾烈なバトルが描かれています。

 

[おもしろさ] 「一業種多社システム」のメリットとデメリット

本書の特色のひとつは、業界トップの座を維持するため、電通が行ってきたやり方を「オモテの面」と「ウラの面」から描き出している点にあります。前者に関しては、「鬼十則」を残した吉田秀雄・四代目社長の尽力が強調されています。人的ネットワークの構築、金融力の充実、民放支配、政界とのパイプづくり、コンピューターの導入など、彼が果たした役割は、まさに「電通中興の祖」と称されるにふさわしいものと言えるでしょう。他方、手段を選ばないライバル潰し、楯突いた人物に対する徹底的な攻撃、スキャンダルのもみ消し、民間会社の人事への介入、テレビ局のゴールデンタイムの放送枠の約60%を占有し他社を排除している実態など、「恥部」にも言及されています。そして、もうひとつとして、諸外国の広告代理店における「一業種で一社しか扱わないという常識」とは異なり、電通のケースで象徴的にあらわれているように「一業種多社システム」(例えば、電通は、トヨタ、日産、東洋工業といった、同じ自動車メーカーの広告を扱っている。その結果、非常に幅の広いクライアントを獲得できている)といった日本に固有の特徴点が如実に示されている点です。その結果、わが国では圧倒的な強さを誇っていても、外国ではまったく相手にされないという電通の「限界」が述べられています。

 

[あらすじ] 「やばいことになるかも」という予感は的中

大学時代、同じく広告研究会のメンバーであった小林正治(大手メーカー星村電機の広告部次長)、石岡雄一郎(『週刊タイム』の専属記者)、安西則夫(電通の参事)の三名がホテル「ニュー・オータニ」にあるバーで懇談。小林が宣言します。「ウチの社のメインの広告代理店を、電通から博報堂に変えるように動くことに決めたぞ」と。電通の恐ろしさを身にしみて感じている石岡は、危ぶみます。「やばいことにならなければいいが……」。その予感は的中! 小林の意向を知った電通の幹部は、星村電機の秋山広告部長と結託。小林を潰すべく、「反撃ののろし」を上げるのです。かくして、電通博報堂、それに外資系「アメリカン・グロリア」の日本支部総支配人ジョン・ウィルソンを交えた、喰うか喰われるかの戦いが……。