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『夏の果て』 - 元電通トップクリエーターの自伝的小説

「広告会社を扱った作品」の第二弾は、岡康道『夏の果て』(小学館、2013年)です。著者は、元電通のトップクリエーター。1999年に日本初のクリエイティブ・エージェンシー「TAGBOAT」を創設。少年時代から始まり、電通に入社し、CMプランナー(テレビ・ラジオコマーシャルの企画制作に携わる職種)として認められ、独立するまでの岡康道(文中では吉田という名前で登場)を描いた自伝的小説。1980~90年代における広告会社の実情、欧米の広告会社との相異点、CMプランナーとしての仕事の醍醐味などが描かれています。

 

[おもしろさ] 「普通の広告が望ましい」と考える宣伝部長! 

本書の一番の魅力は、①CMの企画から制作・放映に至るまでのプロセス、②クライアントと広告代理店のやり取り・駆け引き、③企画制作に臨むCMプランナーの姿勢、④広告代理店における営業マンの「接待漬け」といった点がクリアに描かれている点にあります。「クライアントのすべてがヒットキャンペーンを望んでいるわけではない。トップは望んでいるかもしれないが、宣伝部長はそうでもない。『アンチが出てこない表現』を志向する宣伝部長は多い。『普通の広告』が望ましいのだ」という、ちょっと意外な言葉も印象に残っています! 

 

[あらすじ] 「ついぞ味わえなかった仕事の実感があった!」

少年時代の吉田の特徴は、「落ちこぼれ」「忘れ物の常習者」「いたずらばかりで、周囲を困らせる」「テストをまじめにやらない」。けっして良いものではありません。父親に対しては、常に不信感・懐疑・嫌悪感を抱いていました。大学入学から1年も経たないとき、5億円の借金で、父は破産に追い込まれます。卒業後は電通に入社。1年間の研修を経て、営業マンになるのですが、接待に明け暮れる毎日にやる気を喪失。入社5年目、クリエイティブ局に異動し、CMプランナーになります。しかし、同期入社組よりも5年も遅れたうえ、CMプランナーとしてのスキルを十分に叩き込んでこなかったことで、吉田は、焦りばかりの日々を送ります。そこで、「明確に意識して変態的に不条理な企画を出し始め」ます。それがある軽自動車会社宣伝部長の目に留まり、同社のCMに携わったことに。ありきたりの内容ではなく、「目立つ、変わったCM」の路線を敷くことで高い評価を獲得。さらには、独立への願望を募らせ、ついに「バベル」という名の会社を立ち上げます。それは、当時の日本にはまだなかった「クリエイティブ・エージェンシー」(コミッションではなく、フィー=技術料でビジネスを完遂するクリエーター集団)を志向する会社だったのです。