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『黄金の稲とヘッジファンド』 - 「世界最大のヘッジファンド」のジレンマ

ヘッジファンドを扱った作品」の第二弾は、波多野聖『黄金の稲とヘッジファンド』(角川文庫、2021年)。国内で最大級のヘッジファンドと称される金融機関があります。農業協同組合森林組合、漁業協同組合の系統中央機関の役割を有する金融機関である農林中央金庫(略称は農林中金)にほかなりません。本書は、農林中金をモデルにした「第一次産業中央金庫」の内情を描いた小説です。一般的なヘッジファンドとして、あくなき利益追求を志向するのか、それとも預金者である組合員の「メンバーシップバンク」という特性を優先するのかという二つの方向性を持った「第一次産業中央金庫(産中)」の過去と現在が浮き彫りにされています。

 

[おもしろさ] 農林水産業という土台を有したヘッジファンド

本書の特色は、産中に固有の特性が浮き彫りにされている点にあります。具体的に述べれば、①都市銀行の預金者は不特定多数の個人や法人であるのに対し、産中の場合は、メンバーシップバンクであるがゆえに、預金集めでは圧倒的な結束力を発揮できること、②一般企業に対しては、マネジメントする能力がないがゆえに、けっしてメインバンクにはならず、あくまでも二番手の貸し手というスタンスを変えないこと、③短期で株や債券を売ったり買ったりして儲けるヘッジファンドであるがゆえに、有能なファンドマネージャーの育成が不可欠になっていること、④産中の利益はヘッジファンドとしての運用の果実によってねん出されているのであるが、そのことを理解している者は、きわめて少数であること、⑤産中は「単年度決算の組織で、生命保険会社のように長期投資で株を持つということは本来的にできない。短期的な収益が必要とされるヘッジファンドと同じ構造」だということ……。

 

[あらすじ] 二人の協力で、産中の未来が切り開かれる?!

ひとりは、城山良太(1958年生まれ)。産中でディーラーとして成長し、「長年にわたり100兆円となるポートフォリオ(運用資産)を動かしてきた」男です。彼の目標は、「産中を日本最強のヘッジファンドにすること」。もうひとりは、産中理事長に就任することとなる三嶋祐二。かつては「農家が汗水たらしてコツコツ貯めたお金を博打に使われるのが我慢ならない」と主張し、長きにわたって資産運用のことを「白い目」で見続けていた人物でした。同じ年に入社した二人は、相いれない考え方を有しつつも、それぞれに組織内で常に存在感を発揮し続けながらキャリアを積んでいきます。そして、コロナ禍で危機に直面することとなる最後のシーンでは、ついに産中のあるべき姿を確認し合い、未来を創っていこうとするのです。良太が24歳であった1982年から始まり、結末に至るまでの長いプロセスが切々と描き出されていきます。