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『第三の買収』 - MBO (マネジメント・バイアウト)

「企業買収を扱った作品」の第二弾は、牛島信『第三の買収』(幻冬舎、2007年)です。M&A のひとつに、MBOマネジメント・バイアウト)と呼ばれる手法があります。それは、企業の経営陣が投資ファンドや金融機関から資金を調達し、既存の株主から自社の株式を買い取り、経営権を取得するものです。この本では、中堅商社「龍神商事」の社長が決意したMBO の紆余曲折のプロセスが描かれています。MBO についての知識がまったくないにもかかわらず、その決意をしたトップの判断はどのような結果を引き起こすのでしょうか? 

 

[おもしろさ] 揺れ動く心の動きにまで立ち入った巧みな筆致

本書の特色は、ひとつのMBOの発端から結末までの全ストーリーをわかりやすく、また細部にわたって描き出している点にあります。当事者には、それぞれに個別の事情や利害があるわけですが、事態の変化に伴って揺れ動く、彼らの心の動きにまで立ち入った巧みな筆の運びとなっています。実際にMBOの当事者になったりする場合、理論武装の一助になってくれる作品です。

 

[あらすじ] 「コンフリクト・オブ・インタレスト」(利益相反

「決めたぞ……。MBO をする。会社のため……。極秘に進めて欲しい。二人に手に負えないことがあったら、大木先生に教えてもらうといい」。龍神商事(東証一部に上場。年商2000億円、従業員数約1500人)において15年もの間、君臨し続けているワンマン社長、大日向恒三が社長室で監査役の挟間恭と法務室長の日夏倫平の二人にそのように告げました。大日向社長がMBO に関心を寄せるきっかけとなったのは、プランクリン・ウィンザー証券の川上潤子による意気揚々としたプレゼンでした。つい最近まで0.6倍だったPBR(株価純資産倍率)の龍神商事は、このままだと「敵対的買収」の脅威に晒されると指摘されたのです。大木事務所を訪れた日夏は、「MBO とは面白いことを考え出しましたね……。ほかならぬ大日向さんのご依頼ですからウチとしても万全の体制で当たりたいと思います」という返事をもらうことに。ただし、第三者が買収するという普通の買収では出てこない問題、「コンフリクト・オブ・インタレスト」(経営者と株主間の利益相反)という問題が生じるかもしれませんねという言葉が付け加えられたのです。「買い手である経営者から見れば安い方がいい。売る側の株主にとっては、1円だって高い方がいい」ということになるからです。こうして、MBO物語はスタートすることに。