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『弊社は買収されました!』 - 買収された企業の社員たちの胸の内

「企業買収を扱った作品」の第三弾は、額賀澪『弊社は買収されました!』(実業之日本社、2022年)です。なにも事情を知らされず、突如として他社に買収されることとなった石鹸会社の社員たちの不安と期待や、企業買収のデメリットとメリットが浮き彫りにされています。

 

[おもしろさ] チャンスにもなる企業買収

企業買収は、買収が完了すれば終わりと考えられがちですが、けっしてそうではありません。異なる企業文化を有した二つの会社をいかにスムーズに統合させ、両社の持ち味を引き出していくのかという大仕事が待ち受けているからです。難しさは半端ではありません。反面、企業買収には大きなメリットがあります。特に、買収された会社が、古い体質で染められており、ベテラン社員の保守的な言動が幅を利かせているような企業であれば、買収・統合は、まさに時代遅れの慣行や考え方から脱却するチャンスとなるわけです。この本の魅力は、二つの企業が合併を通して新たな地平を切り開いていくには、なにをどのように変えていけば良いのかを明示している点にあります。

 

[あらすじ] ボンクラ社長が外資に会社を身売り

粉末タイプと液状タイプの洗濯用石鹸「花森せっけん」を作っている花森石鹸(従業員は約千名)。同社は非上場のオーナー企業。株のほとんどは花森正継社長をはじめとするオーナー一族によって保有されています。それらを売り払ってしまえば、会社は簡単に他人のものに。しかも、二代目に当たる花森社長は、仕事に熱心であるとは言えず、「お飾りのボンクラ社長」だったのです。ある朝、総務部員・真柴忠臣35歳は、自宅のテレビから聞こえてきたニュースキャスターの声に驚愕します。「無添加石鹸の製造を行う国内メーカー・花森石鹸を、外資系トイレタリーメーカー・ブルーアが買収する方向で協議を進めていることがわかりました」というものでした。ここ数年、若者を中心に少しずつシェアを伸ばしている新興メーカーなのですが、「匂いがきつい」ので、忠臣はどうしても好きになれません。ともあれ、自転車に飛び乗って、5分で社屋に到着した忠臣。始業30分前なのに、多くの社員が出社していました。が、みんな訳が分からず、困惑するばかり。自分たちの処遇、自社製品の扱われ方、会社の行く末など、社員たちは、押しつぶされそうなプレッシャーを感じていたのです。やがて、ブルーア傘下の新会社の社長に就任するカオル・クレメンス・ターナーがその報道は事実であり、花森石鹸はブルーアの傘下に入る、要するに子会社化されることを宣告。事実が判明したいま、総務部に所属する忠臣の不安は、「総務部である自分に、何ができるのだろう」と変わっていきます。人員削減、労働条件の激変、待遇悪化、社名変更、販売製品の一新、技術流出……。いったいどうすれば! こうして、愛社精神旺盛の忠臣は、同じアパートに住むことになった台湾人の同僚・柏宇(バイユー。英語名ダニエル)と協力し、新会社「ブルーア花森」の未来を作り上げるため奮闘することになります。