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『感染領域』 - 謎のウイルスに起因する農作物の異変

バイオハザード(生物災害)を扱った作品」の第三弾は、くろきすがや『感染領域』(宝島社文庫、2018年)です。人為的に作られた謎のウイルスによって引き起こされたトマトの異変から始まり、全植物の絶滅につながりかねない事件の顛末を描いたバイオサスペンス。くろきすがやは、那藤功一と菅谷敦夫の二人による作家ユニット。第16回『このミステリーがすごい!』大賞(2017年8月で「優秀賞」を受賞した作品です。

 

[おもしろさ] 生物災害:「引き起こす力」と「阻止する力」の攻防

本書の一番目の特色は、遺伝子操作によってピナート社が作り出したウイルス→それに感染したトマトの異変→感染したトマトによる花粉の飛散→植物全滅へのカウントダウン→人類および陸上の全生命体への壊滅的打撃という、バイオハザードが現実化するまでの一連の流れと見通しを描き出していること。二番目の特色は、そうした動きに対抗し、バイオハザードを抑え込もうとする人々の努力と行動がフォローされていること。三番目は、狂ったとしか思えないような、そうした危険なウイルスを作った理由とはいかなるものだったのかが追求されていること。具体的には、「日本農業の攪乱・破壊・支配をめざそうとするピナート社の謀略」なのか、あるいは「ピナート社が日本の種苗メーカーの買収を有利に進めるための手段」なのか、それとも「あるピナート社幹部の誇大妄想的な野望を実現させるための暴走」だったのかという疑問が解き明かされていきます。

 

[あらすじ] スレッドウイルス VS カグラ

九州・熊本でトマトが枯れ死する病気が流行。帝都大学の植物病理学者・安藤仁は、農林水産省に請われ、同省消費・安全局植物防疫課課長の里中しほりと一緒に、現地調査を開始。彼は、発見した謎のウイルスの分析を天才バイオハッカー「モモちゃん」の協力で進めます。そんな折、トマトの製造販売会社で、日本最大の種苗メーカー・クワバ総合研究所に勤める友人の倉内に会うためにつくばに向かうのですが、彼の変死を知らされます。倉内は、収穫後も熟さず、腐りもしない新種のトマト「カグラ」を研究していた人物。クワバの会長兼CEOの鍬場太一郎から倉内の仕事を継いでほしいと依頼され、快諾した安藤。やがて、判明したウイルスは「スレッドウイルス」と命名。頃を同じくして、帝都大農学部の圃場が何者かに荒らされたという知らせが届けられます。目当ては、安藤がクワバから託されたカブラの原木のようでした。一方、スレッドウイルスは急速に西日本に蔓延。大流行の様相を呈していくことに。そんな折、そのウイルスに対する耐性が備わっており、スレッドの働きを無力化する能力をも有していたカグラが、まさに「救世主」になりえる存在として注目され始めます。