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『平台がおまちかね』 - 書店・書店員の悩みと誇り、いろいろ

ネットで本を注文するときは、本のタイトルを検索し、紹介記事を参考にしたうえで、買うかどうかを判断します。関連した本に注意を払うことは、まずありません。便利ではあるものの、買い物をするときのワクワク感はほとんど感じられません。他方、リアルな書店の場合は、意中の本を探す過程で、どうしても関連する棚に並べてある他の本にも目配りをすることになります。予定外の本を買うことも稀ではありません。また、ポップに記された言葉も、買うかどうかの判断材料になってきます。たくさんの本が一堂に会していること自体、高揚感に包まれるような気持ちにさせられるものです。以上が、ネット書店とリアル書店で本を買うときの違いについての私なりの説明です。世の中の動きを見ると、リアルな書店は、数の上では確実に減少しています。日本出版インフラセンターによると、2022年11月現在、全国の書店数は1万1652店。過去10年間で3割ほどの減少だそうです。それゆえ、個人で特色のある本屋をやる人が相次いでいるという報道に触れると、なんとなくうれしい気分にさせられます。今回は、リアルな書店を扱った作品を三つ紹介します。なお、本ブログにおいては、2021年12月23日~30日に「書店」をテーマにした作品を三つ紹介したことがあります。関心がおありの方は、ご覧になってください。

「書店を扱った作品」の第一弾は、大崎梢『平台がおまちかね』(東京創元社、2008年)です。中堅出版社の新人営業マン・井辻智紀の視点から見た「書店・書店員の悩みと誇り」「さまざまな書店員との交流」「出版社サイドと書店サイドの考え方のズレ・誤解・アクシデント・トラブル」「ポップの効力」などが、5つの話によって浮き彫りにされています。新人営業マンの成長物語・お仕事小説でもあります。「出版社営業・井辻智紀の業務日誌」シリーズ第一弾。

 

[おもしろさ] 笑顔と反省。目標と戦略。書店員の誇りに対する理解

本書の特色は、智紀が出会う多種多様な書店員との間で生じるちょっとしたズレ・誤解・トラブルに、どのように対峙するのかをリアルな言葉で描いている点にあります。ちなみに、彼の仕事への取り組み方のポイントをまとめておきますと、まずは笑顔(「さわやかさ30%増量の笑顔」)と反省(「今の自分の言動、おかしなところはなかったよなと、直ちに反省会を開いてしまう。まずそこを振り返ってみないと先に進めない」)。次に、目標(「今は、顔と名前を覚えてもらうのが課題というか、目標というか」)と戦略(どの書店にどういうものを進めるのか、次には、こういうラインナップにしたらといった、自分なりの戦略が楽しめるようになるから」。最後に、書店員の誇り・仕事への愛情を理解することを挙げておきましょう。

 

[あらすじ] 地味で不器用で、しゃべるのが大の苦手

老舗ではあるが、辛うじて中くらいと言える程度の出版社である明林書房。学生時代に2年間アルバイトをしていた智紀は、大学卒業後同社に入社して2年目。人材に余裕がないため、すでに百以上の書店を任される一方、社内の仕事にもあたっています。「本が好きで、昔から本に携わる仕事をするのが夢だった」ものの、「どちらかといえば口べたで地味で不器用で、人前で何かしゃべるのは大の苦手」という智紀。手探り状態で、書店回りの業務に飛び込んでいきます。登場するのは、いろいろな書店員。例えば、なぜか明林の本をいきなり置かなくなったワタヌキ書店の店長。「書店員の鏡」のような存在であるにもかかわらず、「つまらない女」と悪口を言われた、ハセジマ書店の「マドンナ」……。