経済小説イチケンブログ

経済小説案内人が切り開く経済小説の世界

『店長がバカすぎて』 - 書店員の心の内が赤裸々に! 

「書店を扱った作品」の第二弾は、早見和真『店長がバカすぎて』(ハルキ文庫、2021年)です。書店を舞台に、「店長・小説家・社長・版元の営業・客」といった、周りの人たちを、皆バカ呼ばわりしながらも、なぜか辞めようともしない女性書店員・谷原京子の奮闘記。書店員の日常のみならず、楽しみや心の内までが赤裸々に綴られています。本の魅力もよく伝わってきます。

 

[おもしろさ] 人が皆「バカ」に見えるとき

どんな職場でも、同じことの繰り返しばかりとなると、やる気を持続させることはけっして容易ではありません。ましてや、店長をはじめ、周りの人間が「バカ」としか思われないような人物ばかりだとすると、テンションはさらに下がってしまうことでしょう。しかし、そのようなシーンに遭遇したとき、「なにか」によって救われることもまた、事実かもしれません。では、その「なにか」とはいかなるものなのでしょうか? そこには、理解してくれる人、仕事そのもの、家族、愛する人、趣味や特技、本というように、非常に多様なものが含まれてくるように思われます。この作品で強調されている二点のうち、ひとつは「本」です。「年月を経るたびに重たいものを背負わされていくし、ままならないことも増えていく。どんどん上の人間がバカに見えてくるし、バタバタしている自分がアホらしくなっていく。でもね、そういう状況に追い込まれれば追い込まれるほど。本が愛おしくなっていくんだよね。というか、いまの自分を逃がしてくれる救いの物語が、タイミングを見計らっていたかのように現れるんだ」。もうひとつは「理解してくれる人」なのですが、後述することにいたします。

 

[あらすじ] 「辞めたい」 VS 「あと少しがんばろう」

東京・武蔵野地区を中心に6店舗を展開する中規模書店「武蔵野書店」。その吉祥寺本店で契約社員として働いている谷原京子。胸の中で「もう辞める!」と「あと少しだけがんばろう」が行ったり来たりし続け、はや6年。いま最大のイライラ要因となっているのは、山本猛という名前ばかり勇ましい店長の「無能」「軽薄」ぶり。朝礼では、まったく意味をなさない言葉を繰り返します。ほとんど本を読みません。苦情への対応でも無責任ぶりを発揮します。理不尽なことばかりやらかしています……。でも、七つ年上の正社員である小柳真理35歳が、いら立つ京子の心をいつも落ち着かせてくれるのです。「職場にどれだけ不満があったとしても、一人でも理解者がいれば耐えられる」という、京子の持論は、尊敬している小柳の存在あればこそなのです。ところが、その小柳真理が突然、退社してしまうことに。加えて、店長のみならず、小説家、社長、版元の営業、顧客などの「バカ」な行為に接することで、京子の苛立ちはいっそう増していきます。京子は、書店員稼業を続けていけるのでしょうか?