経済小説イチケンブログ

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『兜町の男』 - 清水ワールドの全貌

経済小説のパイオニアを扱った作品」の第二弾は、黒木亮『兜町(しま)の男 清水一行と日本経済の80年』(毎日新聞出版、2022年)。多くの資料の収集・分析と入念な取材をベースにして、清水の生涯を克明に描き上げたノンフィクション。城山三郎については多くの評論や解説があり、一方、清水に関する評論は皆無に近い。そうした経済小説界の状況を一気に覆し、大きな空白を埋めたのが、ほんの少し前に刊行された本書にほかなりません。清水ワールドをトータルに理解できる格好の書です。

 

[コンテンツ] 清水一行の生き様が時系列的に

清水のデビュー作となる『小説兜町』(旧名『兜町山鹿機関説』)の出版をめぐる「いきさつ」の描写からスタートする本書。生涯を閉じるまでの全過程が基本的に時系列的に描かれていきます。多くの作品の「内容」「書かれた経緯・背景」「登場人物の生き様」などが紹介されています。

 

[おもしろさ] 文学青年 → 経済ライター → 経済小説作家

本書のおもしろさは、四点です。一点目は、共産党と労働運動の世界しか知らなかった無名の「文学青年」清水が藤原信夫という株式評論家と知り合い、藤原経済研究所で学ばせてもらったことで、経済ライターへと脱皮し、さらには経済小説の作家として自立できるまでの艱難辛苦がリアルにフォローされていること。とりわけ、『小説兜町』が出版されるまでの経緯とその反響には、驚かされることが多々あります。二点目は、サブタイトルにもあるように、敗戦→戦後復興→高度成長→安定成長→バブルの時代→「失われた20年」というプロセスを辿った日本経済の歩みとパラレルに、清水の生涯が描き出されていること。読者の皆さんも、自分自身の人生を回顧しながら、それぞれの作品に込められた「時代性」を再確認できるのではないでしょうか! 三点目は、彼の人生経験から得られた多くの教訓や人間観察が作品のなかにも色濃く反映されていること。四点目は、複数の取材スタッフを使って情報収集を行い、作品に仕上げていくというスタイルを構築したり、また秘書の口述筆記も活用したりしながら、作品の量産を実現させたことです。