経済小説イチケンブログ

経済小説案内人が切り開く経済小説の世界

『ビストロ三軒亭の謎めく晩餐』 - オーダーメイドの料理を提供するビストロ

「フレンチ・レストランを扱った作品」の第三弾は、斎藤千輪『ビストロ三軒亭の謎めく晩餐』(角川文庫、2018年)。東京・三軒茶屋にある小さなビストロ。決まったメニューはなく、好みや希望をギャルソンに伝えると、名探偵エルキュール・ポアロが大好きなオーナーシェフの伊瀬優也33歳が、その人だけのコースを作ってくれます。しかも「人の痛みを癒せる」力を有した料理人でもあるのです。新米ギャルソン・神坂隆一の目線で、フランス料理の魅力と、ビストロ・スタッフと客との交流が綴られています。

 

[おもしろさ] 運び、観察し、客の要望を先読みする

本書の魅力は三つ。一つ目は、謎めいた客に対して、ビストロ三軒亭のスタッフたちがどのように接していくのかを明らかにしている点。二つ目は、フレンチ・レストランで働いている人の仕事に対する考え方についても浮き彫りにしている点。例えば、ギャルソンについて、「俺たち(ギャルソン)の仕事は、ただ料理を運ぶだけではない。よく観察し、集中して、何をしたらお客様が気持ちよく過ごせるのか、一歩先を呼んで行動するんだ。飲み物は足りているか、料理のタイミングは大丈夫なのか、自分で考えて動くようにしたい。俺はそう思っている」という文章を紹介しておきましょう。そして、三つ目は、ギャルソンになった隆一が潜在的に持っていた自分の能力に気づき、それを前面に押し出すことで、ギャルソンという仕事に愛着を持ち始めていく過程を描いている点にあります。

 

[あらすじ] 新米ギャルソンは元舞台役者

ひと月ほど前までは、セミプロの舞台役者をしていた神坂隆一22歳。ところが、所属していた演劇ユニットが解散。「もう一度、舞台に立ちたい」という願いから、劇団員募集の情報を収集し、オーディションに挑んでいるのですが、未だに「合格」と言ってくれるところはありません。その結果、腑抜けのような状態になってしまっています。しかし、国際線のキャビンアテンダントをしている姉の京子の後押しで、ビストロ三軒亭でギャルソンとして働くことになります。本格的なフレンチなど食べたことがなく、フレンチに対する知識も持ち合わせていないにもかかわらずです。同店には、岩崎陽介と藤野正輝という、個性的で魅力たっぷりな先輩格のギャルソンが働いています。ギャルソンは客の指名によって決められるので、彼らと対等に働けるのか、また「自分なりの個性をどのように発揮していけるのか」、隆一の不安と気後れは強まるばかりです。そんな隆一に対して、ソムリエ兼バーテンダー兼共同経営者の室田重をはじめ、先輩ギャルソンたちも的確なアドバイスと励ましのメッセージを伝えてくれます。が、隆一の記念すべき接客相手となったのは、「いろいろな謎を秘めた奇妙な女性・高野雅」でした。果たして、隆一の対応とは?