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『ナースコール!』 - やる気が出なかった看護師の成長物語

病気を患ったとき、白衣に身を包んだ医師と看護師ほど、頼りになる存在として映るものはありません。とはいえ、彼らもまた人の子。弱音を吐きたくなることもしばしばです。多くの場合、患者の治療やケアで心休まる時間もないほど厳しい労働を強いられているからです。今回は、医師と連携して、患者のケアに携わる看護師の業務や苦労に肉薄した作品を二つ紹介したいと思います。

「看護師を扱った作品」の第一弾は、川上途行『ナースコール! こちら蓮田市リハビリテーション病院』(ポプラ文庫、2017年)です。リハビリテーション専門の病院で働く看護師の日常業務と心の内が描かれています。同じ病院と言っても、リハビリ病院での看護師の仕事は、救急病院や大学病院などの「急性期病院」とは異なります。患者が退院してから円滑な生活ができるように訓練・治療を行うことがメインとなるためです。また、リハビリには、①主に足のトレーニングを行う理学療法理学療法士が行う)、②手や腕のトレーニングを行う作業療法作業療法士が行う)、③言語の練習や食べ物の飲み込み、つまり口周りを専門に行う言語聴覚療法(言語聴覚士が行う)の三種類があり、患者それぞれの状態に合わせて行われるわけです。その際、医師や看護師を加えた五者間での密接な連携=チームワークが必要になります。著者は、リハビリテーション医師。続編として、『ナースコール! 戦う蓮田市リハビリ病人の涙と夜明け』が刊行されています。

 

[おもしろさ] 看護師の仕事は果てしなく……

患者の体の向きを定期的に変える「体交が終われば、さっきやりかけていた経管栄養の準備を済ませ、カルテを書いておかないと、夜が明けたら検温、採血が待っている」。てきぱきと仕事を済ませ、次のベットに行こうとすると、患者さんからのコールを知らせるメロディが鳴る。「そこのティッシュ、取ってくれ」「しょんべん」……。次から次への要望。要求するものの、少しも協力してくれない。ありがとうの一言もない。滅入りそうになる気持ちを立て直す。「これは仕事なのだ」と自分に言い聞かせながら。患者の立場からすれば、まさに「白衣の天使」として映っているかもしれません。にもかかわらず、自分の仕事に誇りとやる気を実感できていない主人公の南玲子。本書の魅力は、そんな彼女がやるべきことを見つけ、「胸を打つリズムの強さを噛みしめる」瞬間や、自信がないと言いながらも、逃げずに事実をまっすぐに見据えている同僚の姿に感銘し、看護師として成長していくプロセスを浮き彫りにしている点にあります。

 

[あらすじ] 「でも、一人分やれれば十分でしょ」

自分が「看護師として成長、成熟していくというイメージが今一つ湧かなくなっていた。それは、仕事に慣れるうちに見えてくるものではないかと勝手に思っていたが、そうではないようだった。しかし、この仕事にやりがいがないと思っているわけではなかった。きっとやりがいに満ちたことなのに、それを未だにうまく実感できていない自分に戸惑っていた」。埼玉県蓮田市リハビリテーション病院で働き始めて、3年目に入った南玲子。自分の仕事の意味とどのように向き合っていけば良いのかわからないまま、日々の忙しさに身を任せていました。ある日、新しく赴任してきた若い医師の小塚太一に、リハビリの意味を問われ、答えることができません。太一は患者に言います。「手足を動かす薬は、今の医療ではありません。しかし、人の手で治します。僕らの手で。それがリハビリです」と。そうしたやり取りが契機となり、自分に課せられた仕事のことを考え始めた玲子。「私の力なんて小さいので、何もしてないようなものだと思います」。そういう彼女に対し、太一は、「でも、一人分やれれば十分でしょ」と言い放ちます。医師・療法士・看護師・患者たちに囲まれ、チームで行っていけば良いと実感するなか、玲子は少しずつ成長していきます。