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『三千円の使いかた』 - 御厨家女性四人の金銭感覚と「生活防衛」

企業や政府とともに、経済活動(収入・支出・投資・貯蓄)の主体として大きな役割を果たしているのは、家計です。経済小説の素材として非常に頻繁に扱われる企業とは対照的に、家計を扱った作品は、極めて少ないと言わざるを得ません。物価が高騰し、依然として実質賃金が低迷している昨今、さまざまなやり方を駆使してお金を稼ぐ、余計な出費を切り詰める、節約を行う、貯蓄を増やす、資産を運用するといった「生活防衛」の必要性は、かつて以上に増しています。そこで、今回のテーマを「家計」にしました。「家族を単位とするお金の出し入れ・やりくり」を扱った作品を二つ紹介するなかで、お金との向き合い方、金銭感覚、「生活防衛」のやり方と工夫について考えてみたいと思います。

「家計を扱った作品」の第一弾は、原田ひ香『三千円の使いかた』(中公文庫、2021年)。一人暮らしを始めた美帆24歳(貯金30万円)、結婚と当時に仕事を辞めてしまった五つ年上の姉・真帆29歳(貯金600万円)、母の智子55歳(貯金100万円弱)、祖母の琴子73歳(貯金1000万円以上)という、御厨(みくりや)家四人の女性たちが繰り広げる、お金にまつわる物語。それぞれの目標、苦境とそこからの脱却が描かれています。収支のみならず、予定や計画も盛り込んでいくという家計簿の効果的な使い道にも言及されています。2023年1月~2月に、東海テレビ・フジテレビにて放送されたドラマ『三千円の使いかた』(主演は葵わかなさん、出演は山崎紘菜さん)の原作。

 

[おもしろさ] こうすれば、節約できる

人はどのようなとき、もしくはなにを契機に、自分自身の「家計」や生活費の見直しを行い、「生活防衛」を実践していくのでしょうか? 本書の魅力は、美帆を中心に、四人の異なった人生・生活環境と合致した具体的な手法・プロセスを浮き彫りにしている点にあります。例えば、固定費(家賃、スマホ代)の見直し、貯金(「一日百円」といった具体的な目標を設定する)、投資信託、外で飲むコーヒー代の節約、株式取引、フリマでの不要品の販売など、項目としてはわかっていたとしても、実際に行うとなれば、なにをどのようにすればよいのか、気づかされることでしょう! 

 

[あらすじ] 人が「家計」を見直してみようと考えるとき

「大学を無事卒業して、就職して、一人暮らしをする、というところまでがここ数年間の美帆の目標」。中堅のIT関連会社に就職し、1年ほどで祐天寺に部屋を借りた御厨美帆としては、おおいに満足していたのです。しかし、なんでも相談に乗ってくれた先輩の小田街絵44歳が軽い脳梗塞で倒れ、リストラの対象となり、辞めさせられてしまいます。そのことで、美帆の会社に対する不信感が芽生え、「安定した場所にいるわけではない」という現実を突き付けられることになります。と同時に、「ペット可能なマンションか一軒家を買いたい。そして、お金を貯めたい」という、新しい目標と願望が生じ始めたのです。一方、消防士の夫・太陽、三歳の佐帆と一緒に暮らしている真帆は、短大卒業後に証券会社に勤めていたのですが、いまは、夫の収入約300万円で、なんとかやり繰りをしています。美帆から新たな目標を聞いた真帆は、美帆に対して、固定費の見直しなど、どのようにして節約していけば良いのかを伝授します。ところが、遠慮のない友人たちの言葉を「あの旦那の収入で、よく仕事を辞められたね」というように受け取ってしまったことで、モヤモヤ感に覆われてしまったのです。いまの生活に疑問を持つようになった美帆は、自らも、「目指せ! 貯金一千万!」と表紙に大きく書き込んだ家計簿を本格的に活用するようになります。自分でお金を稼ぐことに喜びを発見した祖母の琴子は、「働きたい」という強い願望を持ち、団子屋で働き始めます。そして、十日間の入院生活を終えた智子は、料理を含めた家事が年々負担になってきていると感じていました。さらに、夫の都合を最優先する生活をし、我慢を強いられてきたことに思いを強くするようになってきたのです。そこで、今後は、我慢することなく、自分のやりたいことにも時間を使うように変わっていったのです。