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『競争の番人』 - 公正取引委員会の「誇りと使命」

「会社のトラブルを扱った作品」の第五弾は、新川帆立『競争の番人』(講談社、2022年)です。資本主義のバイタリティを支える条件のひとつに、「公平な競争」があります。公平な条件下で行われる経済活動こそが、それに関わる人々の「ヤル気」と「頑張り」を常に再生産するからです。ところが、時として、私的独占、不当な取引制限(カルテル、談合など)、不公正な取引方法(不当廉売、抱き合わせ販売、優越的地位の濫用など)といった「法律違反」と見なされる事案がはびこるという現実に遭遇します。公正取引委員会公取委)は、そうした違反の疑いがある事件を審査し、排除措置命令・課徴金納付命令・警告を行います。また、悪質な事件に対しては、臨検・捜索・差し押えを経て刑事告発に至ることもまれではありません。追うのは、強盗犯や殺人犯ではなく、知能犯、経済犯。平たく言えば、「事業者たちにフェアな環境で戦ってもらうために、ズルをする人たちを取り締まっている」わけです。本書は、ウェディング業界を舞台にした「不当と不公正」と対決し、法律違反者を追い詰めていく公正取引委員会の審査官の活躍を描いています。「弱小官庁」であるという「ひがみ」と気高い「使命感」が同居していることにも言及。2022年7月期にフジテレビ系で放映されたドラマ『競争の番人』(主演は、坂口健太郎さん、杏さん)の原作。

 

[おもしろさ] 公取の審査官 VS 知能犯

不当な取引制限に該当する「談合」や「カルテル」。法律違反であることは周知の事実。それゆえ、それらを企てる人たちは、尻尾を掴まれないように、隠ぺい工作を徹底し、取り調べようとする公取委の審査官には陰に陽にと妨害工作を仕掛けてきます。そこで、そうした企てに関係する人が、審査官による事情聴取に協力し、もし口を割ってしまうと、「職場にはいられない。同僚から白眼視されるだけではすまない」という事態が生じてしまいかねません。審査官たちは、巧妙な妨害をはねのける一方、協力してくれる人たちの辛い立場にも配慮しつつ、職務を果たしていかなくてはなりません。本書の魅力は、自らの仕事に対する「誇りと使命感」を胸に秘めながらも、協力者の苦悩にも寄り添っていくという審査官の心の内や、公取委の審査官の仕事ぶりを赤裸々に描き出している点にあります。

 

[あらすじ] 体育会系ノンキャリ職員と頭脳明晰キャリア職員

公正取引委員会・審議局第六審査(通称「ダイロク」)に所属する係員・白熊楓29歳。大学までずっと空手をしており、根っからの体育会系のノンキャリ職員(一般職採用)。他方、ダイロクの係長・小勝負勉27歳は、20歳で司法試験に合格、東大法学部は首席で卒業、さらに留学先のハーバード・ロースクールでも首席という頭脳明晰のキャリア職員(総合職採用)。そんな彼らに、「栃木県S市のホテル3社が毎年、ウェディング費用を値上げしている」という「カルテル」の疑いのある案件が割り当てられます。段取りとしては、調査を行ったうえで、立ち入り検査を実施し、証拠品を押収するという流れになります。しかし、現場に赴いたメンバーが遭遇したのは、とても手ごわい相手でした。カルテルの疑いがかかっているホテル3社のうちのひとつ「ホテル天沢S」を経営している、天沢グループの専務・天沢雲海は、悪賢さを一身に背負った人物で、公取委を舐めているような男だったのです。