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『くうねるところすむところ』 - 「小さな工務店」の「大きな物語」

家という商品は、食べ物や服や靴とは大きく異なります。自分のものにしようと思えば、普通は20年、30年という長期ローンを組まなければならないほど、お金がかかります。その結果、働いて稼ぐお金のうち、かなりの部分がローンに吸い上げられることになります。ローンの返済に四苦八苦することを余儀なくさせられるのが、家の取得なのです。つまるところ、「人は生涯の大半を家と引き換えにする」わけです。それだけではありません。たとえ多くの資金を費やして手に入れたとしても、同じ家には永遠に住むことはできません。家は、年数が経てばそれだけ劣化していきます。いつの日か、補修(リフォーム)をしたり、リノベーションをしたり、解体して建て替えたりといった選択が不可避なのです。追加的な費用がかかるのです。「家にまつわる物語」には、そのように苦労ばかりが付き物のように思われがちです。しかし、「家」の魅力もまた大きいのです。それは、「生活の舞台」であり、「家族との思い出が住むところ」でもあるからです。今回は、家、マンション、ニュータウンなど、住むところを扱った作品を四つ紹介します。

 

「住むところを扱った作品」の第一弾は、工務店を舞台にした平安寿子『くうねるところすむところ』(文春文庫、2008年)。工務店とは、主に戸建ての住宅を中心に建築する、地元密着型建設業者のこと。ふとしたきっかけで、従業員11名の鍵山工務店に飛び込み就職することになった元編集者の山根梨央30歳と、亭主に逃げられ、やむを得ず社長に就任してしまった鍵山郷子47歳。ふたりは、本音の言い合いとぶつかり合いを通して、鍵山工務店の未来を切り開いていきます。工務店の役割・業務、働く人の労苦・仕事・施主との距離感がよく理解できるお仕事小説。読み手の心をわしづかみにする「励ましと癒し」の言葉が散りばめられた作品です! 

 

[おもしろさ] 施主の「ああしたい、こうしたい」を受け止める

家というのは、単に雨風をしのいで、寝起きをするところだけではありません。食べて、寝て、くつろいで、家族と話して、ときにはけんかもして、旅行から帰ってきたときにやっぱりうちが一番と実感したり、遠く離れれば離れるほど懐かしく思ったり、時の流れを家族とともに共有できる舞台にほかなりません。したがって、思いを込めた家を建てたい施主は、ときとして工務店を振り回し、担当者を泣かせてしまうほど、さまざまな要望を出します。工務店にとって最も辛い業務とは、そうした施主の「ああしたい、こうしたい」を真っ正面から受け止め、しかも納期までにきちんと仕上げていく点に凝縮されているのかもしれません。本書のおもしろさは、工務店で働く人たちの仕事の大変さを軸に、家の本質、工務店の使命、そこで働く人の心の持ち方などを解き明かしている点にあります。家を作るのは、感動的な仕事! 会社を動かすガソリンは、資金と営業力であったとしても、エンジンは、やはり方針、やり甲斐、喜び、夢なのです! 

 

[あらすじ] 本音のぶつかり合いを通して

求人誌の副編集長という仕事に嫌気がさしていた山根梨央。ある日、酔った勢いで建設現場の足場に登り、降りられなくなってしまいます。そのとき、助けられたのがトビの親方・田所徹男です。彼に一目惚れした彼女は、勢いで鍵山工務店に飛び込み就職。そこの社長は、亭主に逃げられ、仕方なく職務を果たしている郷子でした。「えーい、面倒だ。もう、どうにでもなれ!」「幕引きしたい」と思う反面、「でもそれも悔しい」と、宙ぶらりんの気持ちに過ごしている日々……。「社長の苦労も知らないで」という郷子に対し、「知ったこっちゃありませんよ。そんなもの。社長なんだから、社長の苦労するのが当たり前でしょ。こんないい仕事ないのに、放り出すなんてもったいない」と梨央。本音のぶつかり合いを通して、ある種の光明が見えてきます!