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『ニュータウンクロニカル』 - 若葉ニュータウン50年史

「住むところを扱った作品」の第二弾は、中澤日菜子『ニュータウンクロニカル』(光文社文庫、2020年)。多摩ニュータウンを連想させる若葉ニュータウン。1971年から2021年までの半世紀に、巨大団地が歩んだ年代記。10年ごとの姿を描いた6つの短編から構成される連作短編集。登場人物の生活や考え方が、時代を越えて、どのように変わっていくのか、大いに楽しめます。

 

[おもしろさ] 巨大な人工都市も日本経済と足並みをそろえて

本書の特色は、「高度成長期→バブル期→バブル以降の不況期→現在」という日本経済半世紀の変貌を背景に、「ニュータウン→オールドタウン→ゴーストタウン化への懸念」と装いを大きく変化させた若葉ニュータウンの姿を見事に浮き彫りにしている点にあります。最後の話「新しい町 2021」では、現在の苦境からの脱却への道筋についても示唆されています。

 

[あらすじ] 最初は、人々の夢と希望を体現していたのですが

東京郊外、1971年に第一期の入居が始まり誕生した若葉ニュータウン。将来的には人口30万人を擁する巨大な「人工都市」になる予定です。一軒ごとに家の形はもちろん、庭や生えている樹も異なっている環境下で育った人にとっては、「すべて同じ規格でできているこの団地群が異様というか奇妙というか、ともかく不思議な存在に思えた」ようです。と同時に、「蛇口からお湯が出る」「ボタンひとつでガスが点く」「水洗便所」といった特徴は、「時代の最先端」のシンボルのようにも映っていました。しかし、新しく入居してきた若い夫婦者が中心の「新住民」と、古くからその地域に住み、畑仕事しか知らない「旧住民」との間には大きな「溝」が……。また、医療施設や教育施設の不足は深刻で、それらの整備は、急務の課題に。そうした悩みがあったものの、ニュータウンはやはり人々の夢や希望を体現する存在だったのです(第一話「わが丘 1971」)。しかし、20年、30年と歳月が流れていくと、当初は、予想できなかったさまざまな問題・課題と直面することに……。