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『そのマンション、終の住処でいいですか?』 - 中古マンションの建て替え問題

「住むところを扱った作品」の第三弾は、原田ひ香『そのマンション、終の住処でいいですか?』(新潮文庫、2022年)。有名な建築家・小宮山悟朗によって設計され、大きな話題を呼んだ「赤坂ニューテラスメタボマンション」。しかし、いまではとんでもない欠陥を抱えた中古マンションにほかなりません。対応策(改修か、それとも建て替えか)をめぐって、住民たちのさまざまな思惑が複雑に絡み合い、混とんとした事態が生み出されています。黒川紀章設計による銀座の「中銀カプセルタワービル」がモデルになっています。ちなみに、日本の分譲マンションのうち、築40年以上の戸数は115万6000で、全体の約17%に当たることを勘案すると、中古マンションの建て替え問題は、今後大きな社会問題になっていくことが予想されています。原題は、『おっぱいマンション改修争議』。

 

[おもしろさ] 建て替えに直面した人たち、それぞれの思惑

「角の取れたさいころ状の『細胞』を積み上げたようなデザイン。ご丁寧に細胞の核のように円い窓が付いている。まさに代謝を繰り返して有機的に成長する、1960年頃から70年代に流行ったメタボリズムを象徴する建物で、なんども建築雑誌の表紙を飾った」。そのように形容される赤坂ニューテラスメタボマンション。ところが、「雨どい」がなく、降った雨がすべて浸み込んでしまうため、湿気とカビが悩みの種に。また、ドアが閉まらなかったり、床が傾いたりと、住民たちは多くの問題を抱える日々を送っているのです。マンションの管理会社は、当初、なんとか「改修」で対応できないかと考えていました。と言うのも、そのマンションは、いまや一種の歴史的建造物になっており、完全に壊してしまうのも惜しまれるところがあったからです。しかし、そうした状況下、住民たちの間では、建て替え運動が急速に浮上。他方、歴史的価値のある建物なので残してほしいという動きも。本書のおもしろさは、建て替え問題に直面した利害関係者(管理会社、設計事務所、住民たち)の多様な思惑や思い入れをリアルに描いている点にあります。

 

[あらすじ] わがままに生きてきた父親に対する反発心

文具のデザインから始まり、マンションの室内デザインなどに関わってきた小宮山みどり。赤坂ニューテラスメタボマンションの最上階に部屋を持っているのですが、わがままに生きてきた父親に対する反発心からか、「もう十年以上足を踏み入れて」いません。また、父親の威光のおかげで、デザイナーとしての仕事が回されているところにも歯がゆさを感じ続けてきたのです。そのため、マンション建て替えに関する彼女の考え方とは、「相応の金額をもらう代わりに最上階の権利を手放し、反対はしない」というもの。そんな彼女のほかにも、かつては父の右腕的存在であり、いまでは「小宮山デザイン」(父が残した設計事務所)の社長におさまっている岸田恭三や、高校生のときに小宮山悟朗に憧れ、彼が教鞭をとっているS大工学部に入学したものの、いまでは同マンションの建て替えをめざす住民運動のリーダー格として活動している市瀬清などが登場し、それぞれの物語を展開していきます。