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『建築士・音無薫子の設計ノート』 - リフォームではなく、リノベーションを

「住むところを扱った作品」の第四弾は、逢上央士『建築士・音無薫子の設計ノート-あなたの人生、リノベーションします。』(宝島社文庫、2017年)。建築上のさまざまな悩みや問題への解決策を求め、音無建築事務所を訪れるクライアント。彼らの要望のウラに潜んでいるものを理解したうえで、適格なプランを提示する女性建築士・音無薫子の仕事ぶりが描かれています。建築士のお仕事がよく理解できる作品です。『建築士・音無薫子の設計ノート-謎(ワケ)あり物件、リノベーションします。』(2015年)の続編。

 

[おもしろさ] クライアント自身も気づいていない真の問題

リノベーションとは、どのような意味なのでしょうか? よく似た言葉に、リフォームがあります。違うはどこにあるのでしょうか? それらの設問に対して、標準的と思われる回答例を紹介すると、リフォームは「老朽化した建築物を新築に近い状態に戻す」ことを指すのに対して、リノベーションの方は、「既存の建築物に工事を行い、既存のものよりも価値を高める」ことを指しているという「説明」があります。しかし、この本では、両者に対する考え方が、非常に異なっています。建築になんらかの問題があって、それを直したり設備を新しくしたりするのが「リフォーム」。それに対し、「住み手自身がなんらかの問題を抱えていると思われる場合、その問題を解決するために行うのがリノベーション」だからです。本書のおもしろさ・奥深さは、そうした考え方に基づき、クライアント自身も気づいていない真の問題に、建築士として切り込んでいく音無薫子の発想力とパワーの描写にあります。

 

[あらすじ] ご希望はお聞きしますが、その通りにはなりません! 

建築を学ぶ大学2年生の今西中。音無建築事務所の研修生(インターン)をしている彼が、引っ越しの挨拶をするために、マンションの上の階に住んでいる雨野厚の部屋を訪れます。室内に招き入れられると、「そこかしこに傷みが目立つリビングダイニングを眺めながら、『妻が愛想を尽かすのも無理はない』と雨野がつぶやく」ことに。「リフォーム業者にいくつかあたってみたんだが、たかが部屋の修理ごときにえらく高い金額を要求されてね……。私の要求などろくに訊きもしないで高額なものばかり勧めてくるんだ」。「でしたら、リフォームではなく、リノベーションをしてみてはどうでしょうか」と今西。壁の補修跡を見て、雨野の思いを汲み取った彼は、「引っ越しの挨拶に訪れただけなのに、なぜかリノベーションの案件を請け負う」という流れを作っていくことになります。今西を伴い雨野の部屋を訪れた音無薫子は言います。「詳しい現場調査を始める前に、お伝えしておきたいことがあります。ご希望は一通りお聞きしますが、まずはその通りにはならないと思ってください。ご満足いただけない場合は、料金は一切いただきません。お気に召さない箇所は、こちらの負担ですべて元に戻します」。こうして始まった音無流のリノベーションは、雨野の心のなかに潜んでいた悩みの根元をも取り除く形で、夫婦間の心の溝をも修復させていったのです。雨野のほかにも、訳ありクライアントの要望にスーパーウーマンの如く応えていく音無薫子の活躍が描かれていきます。