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『食堂のおばちゃん』 - 「町の定食屋」というお仕事

暖簾をくぐり、ドアを開けると、視野に入るのは、四人掛けの簡易テーブルとイスが置かれた「食堂」という世界。壁には、料理名を書いた紙がいくつも貼られています。どれを注文しようかと考えていると、香ばしさに、思わずお腹が鳴りそうになることも……。食べ物を提供するのは同じでも、「食堂」という名のついたところは、レストランとはまた異なった雰囲気に溢れています。ユニークさではけっして負けない食堂もまた、たくさん存在しているのです。今回は、「町の定食屋」「社員食堂」「子ども食堂」という三つのタイプの食堂を素材にした作品を紹介します。

「食堂を扱った作品」の第一弾は、「町の定食屋」を扱った山口恵以子『食堂のおばちゃん』(ハルキ文庫、2016年)。東京・佃にある「はじめ食堂」。昼は定食屋で、夜は居酒屋を兼ねています。営んでいるのは、82歳になる姑の一(にのまえ)一子(いちこ)と、元キャリアウーマンの嫁・二三(ふみ)の「仲良しコンビ」。味が良く、財布にも優しい「町の定食屋」の実態に迫れる作品です。巻末には、登場する料理の「レシピ」と作るときの「ワンポイントアドバイス」が載せられています。「食堂のおばちゃん」シリーズの第1作目。

 

[おもしろさ] 経営者の仕事・日課・悩み・考え方が

本書の特色は、「町の食堂」を経営する人の仕事(仕入れ・調理・メニューの選定など)、日課、悩み、喜び、考え方がすべて盛り込まれている点にあります。経費と利益のバランスを考えながらも、全頁に「おいしいものをたっぷり食べさせてあげたい」という「サービス精神」を発揮させている二三たちの心意気が。そもそも、「食べ物屋って、基本的には食べることと食べさせることが好きじゃないと、務まらない」ようですね! 

 

[あらすじ] 何でも作ってあげるのがモットー! 

かつて大手デパートで衣料品のバイヤーとして活躍し、業界でも屈指の存在として知られていた二三。しかし、商社マンから食堂のオヤジに転身した夫の高が急死したため、デパートを辞め、一子と一緒に、はじめ食堂で働くことを決意。いまでは、「食堂の仕事が意外なほど自分に合っていたことを、しみじみ感じて」います。白衣に白の前掛けをつけ、頭を白い三角巾で覆っている二三と一子。「極力手作りにこだわっているが、省ける手間はできるだけ省くことにして」います。「メニューには載せていないが、時間と材料に余裕があれば、何でも作ってあげるのがモットー」。めざすは「家庭の味」で、高級なもの出しません! そんな二三と一子は、多様な客の「注文」にどのように応えていくのでしょうか?