長きにわたって日本経済の屋台骨としての役割を果たしてきた自動車産業。いまでこそ、自動車は非常に身近な交通手段になっていますが、第二次大戦直後の時代にあっても、依然として外国から輸入した高額商品でした。いまで言うと、「超高級住宅・マンション」を買うような感覚に近かったのです。国産の自動車など、「夢のまた夢」。そのような環境下で、劣勢をはねのけた先人たちがいました。彼らの苦労・努力には計り知れないものがありました。今回は、自動車メーカーを扱った作品を四つ紹介したいと思います。
「自動車メーカーを扱った作品」の第一弾は、百瀬しのぶ(脚本:橋本裕志、八津弘幸)『LEADERSリーダーズ ~国産自動車に賭けた熱い男たちの物語』(扶桑社、2017年)。トヨタ自動車創業者の豊田喜一郎がモデル。100人中99人が無理だと考えていた国産自動車の開発に人生をかけた人たちの情熱と苦悩が描かれています。2014年3月にTBS系で放映されたスペシャルドラマ『LEADERSリーダーズ』(主演:佐藤浩市さん、出演:香川照之さん)のシナリオをもとにノベライズしたもの。なお、自動車に関しては、2021年3月4日~3月11日に「戦後自動車史」というテーマで、同ドラマの原案となった本所次郎『小説 日銀管理』をはじめとする三つの作品、2021年12月7日~12月14日に、「電気自動車(EV)」というテーマで三作品を紹介しています。併せて参照してください。
[おもしろさ] 日米間のギャップの大きさ
田舎財閥に過ぎない愛知自動織機の若きリーダーである愛知佐一郎。アメリカ訪問で見たのは「成熟した自動車社会の姿」でした。「貧しい日本の現実」とは、余りにもかけ離れていました。本書のおもしろさは、そのギャップの大きさ、国産自動車の開発を阻む高い壁の数々、そしてそれらを乗り越えていく突破口の叙述にあります。
[あらすじ] 国産自動車の開発に賭ける佐一郎の熱い思い
1933年、愛知自動織機製作所の石山又造社長は、常務取締役愛知佐一郎(愛知自動織機を興した愛知佐吉の息子)が高い出費を払って行っている自動車製造に対する模索を「道楽」だと思い、苦々しく見つめていました。しかし、アメリカ視察で、街中に自動車があふれる光景を目の当たりにして帰国した佐一郎は、国産自動車を作ることを夢に描いていたのです。「関東大震災以降、日本でも円太郎バスやタクシーなど増えてきているが、すべては輸入外国車だ。将来、日本にもこんな車社会が来るはずだ。いや必ず来る! その時に走っている車がすべて外国車でいいのか? 俺は……俺は……この手で、日本人のための国産自動車を作りたい」。買い付けたばかりのアメリカ車「デュラント」をバラして構造や部品を調べる。そして組み立てはまたバラす。それを何度も繰り返し、仕組みを頭に焼き付ける。そうした作業を仲間の行員たちと続ける佐一郎。と同時に、東京帝國大学工学部教授でもある友人の隅沢和志に協力を依頼し、院生の北川隆二を紹介してもらいます。学生時代に通っていた本郷食堂に立ち寄り、北川に開発中の国産乗用車の基本設計図を見せ、自動車づくりの夢を話していると、居合わせた財部登(左一郎の元同級生。のちの日銀総裁)からは否定的な意見が。「ドイツの自動車産業を実際に見てきた僕から言わせれば、日本の技術力では太刀打ちできませんよ。自動車は総合産業です……。外国車に対抗しようなど夢物語だ……。自動車は外国に任せて、日本は繊維のような得意分野で勝負をすべきです」。しかし、「国産車の話は百人中九十九人が無理だと言うのさ。でもな、誰にでもできることをやる人生に何の意味がある? 簡単にできないことだからこそやる意味があるんじゃないのか」。ともあれ、佐一郎の国産自動車開発はこうしてスタートします。「会社を潰す気か」、「財産を食い潰す魔物」と社長に反対されたものの、佐一郎は、不退転の決意で邁進していきます。「日本を豊かにする事業なんだ」と佐一郎。そして、まだエンジンすらできない段階であるにもかかわらず、自動車作りのための新工場建設の準備を進めていきます。