帝国データバンクの「新設法人」調査によると、2023年に全国で新設された企業は、2024年4月時点で15万2860社(前年比7.9%増)。過去最多となっています。起業する人が増えている反面、廃業する人もまた、年々増加。起業10年後の生存率は約26%と言われています。起業に伴う難しさのみならず、その後も順調に事業を発展させていくことにも、大きな試練が待ち受けているわけです。起業のやり方や解決すべき課題、設立後の事業を発展させるための戦略などに関しては、ハウツーものの本がたくさん刊行されています。起業にチャレンジする人にとっては、大いに参考となるでしょう。ただ、一般論ではありますが、ハウツーもののビジネス書では、彼らの心の中にまで立ち入った描写がなされることはほとんどないように思われます。今回は、起業を素材にした三冊の作品を紹介するなかで、起業に関わるさまざまな課題はもちろんのこと、起業の動機、起業家の心の動きなどについても触れてみたいと考えています。なお、2020年9月3日~9月15日、当ブログにおいて、起業をテーマに四作品を紹介しています。そちらもご参照ください。
「起業を扱った作品」の第一弾は、佐藤公信『もしONE PIECEファンの女子大生が起業したら』(イーグルパブリシング、2010年)。起業の動機は、いろいろです。チャレンジする人の「夢」とか「やりたいこと」とかが出発点になる場合が多いのですが、本書では、やむにやまれず「大学のサークルを会社にする」ことを迫られた学生たちの奮闘とその帰結、意に反して社長に就任することとなった主人公・板野一美の胸の内が描かれています。
[おもしろさ] 起業時に直面する数々の課題とそれへの対応
本書の特色は、会社の創設などに関心も知識もなかった学生たちが、実際に会社を興すときのプロセスがわかりやすい形で描かれている点にあります。登記の手続き、資本金の確保、社長・役員の選任、事業計画・戦略の策定、事務所の開設など、起業前後に直面する数々の課題にどう対応すればよいのか。それらの点についての理解が促されることでしょう。
[あらすじ] 起業に至るまでの経緯
板野一美は、東大沢大学理工学部の2年生。ライブイベントを開催する活動を行っているサークル「DUST(ダスト)」のメンバーです。「パーティと称した内輪の飲み会」ばかりやっている軟派のイベントサークルが多いなかで、DUSTは、音楽ライブなどを中心に、かなり正統派のイベントを企画しています。まじめなサークルというイメージのため、なかなか新入部員が入ってきません。新1年生の入部希望者はゼロ。そのうえ、幽霊部員も多いのです。2年生とはいえ、一美は、「主力部員のひとり」としての役割を果たしています。ある日の会議で、「DUSTを会社にする」という話が浮上。事態が急展開していきます。経緯はこうです。新しい学生会館の建設が決まり、公認サークルには、いまの「仮のプレハブ施設」に代わる部室が提供される。ところが、非公認サークルであるDUSTには、部室は用意されない。そこで、学外に新しい事務所を借り、活動拠点を確保せざるを得ない……。しかし、会社を興すなど、まったく考えたこともない学生たちばかり。しかも、ONE PIECEのことはよく知っているとはいえ、どこからどう見ても適しているとは思えない一美が消去法で社長にならざるをえなかったという事情……。スタートはそこからでした。果たして、どのような話になっていくのでしょうか?