「起業を扱った作品」の第三弾は、杉田望『無限大経営』(幻冬舎、2011年)。三回も裏切りに会い、倒産の危機に瀕するものの、再起を図り、飛躍を遂げてきた実業家・菱木貞夫。彼の半生を描いたドキュメンタリー小説です。モデルは、「染めQテクノロジィ」(2010年にテロソンコーポレーションから改名)の代表取締役・菱木貞夫。登場人物の一部は仮名。
[おもしろさ] 「裏切り、危機、再起」というドラマを三回も
「中小企業の経営が難儀なのは、人繰りと資金繰り」という言葉に示されるように、菱木貞夫もまた、その二つには苦労させられます。彼の考え方は、とてもユニーク。人事について言えば、「性別も、老い若きも、経験の有無も、頭の良し悪しもない。仕事は食うための手段と考えない……。楽しみながら、仕事をする人間を、高く評価する」というものでした。また、なによりも「人間の持つ可能性は無限大である」ことを信じようとしたのです。「他所から持ってきた連中を信じてもいいのか」「お前のためにはならない人たちです」という周囲の反対意見をいっさい受け入れなかった貞夫。自らの信念を実行に移すのですが、裏切られ、会社はどん底に陥ってしまいます。しかし、ここからが貞夫の本領発揮でした。本書の読みどころは、一度だけではなく、三度も裏切られ、危機に陥ったときに貞夫が示した言動のすべて、あるいは「ベンチャースピリット」と表現できる考え方の描写にあります。
[あらすじ] 「新商品を開発し、売り上げを十倍に増やす」
浅草で薬局を開いていた父親の菱木貞次郎。戦後、塗料の卸を商うようになり、さらに塗料の製造も行うようになります。株式会社「ヒシキ」が抱えていた、二十数人の従業員のほとんどは、住み込みで働く中卒の少年少女たち。家族のように、彼らの面倒を見たのが、母親の菱木登志。優しい父親とは逆に、彼女のしつけは非常に厳しく、「一種の虐待」と思わせるほどのものでした。成績は良かったのですが、「怖いもの知らずの悪ガキ」だった貞夫。高校時代には、すでに「人を惹きつける磁場のようなもの、ある種のカリスマ性」があり、行動力も備わっていました。東京大学を受験しますが、三度とも不合格。二度合格した慶應義塾大学に入学し、萩原祐徳と出会います。遊び好きで、妙に人懐っこかった彼は、のちに貞夫を補佐し続けます。1968年、慶応を卒業し、ヒシキに入社した貞夫。同社の将来性に疑問を抱いた彼は、会社を変えなければという思いを強く持つようになります。そして、父に「新商品を開発し、売り上げを十倍に増やす。給料を二倍にする」と提案します。それに対して、貞次郎は、「やってみるといい。しかし、できなければゼロだ」と回答。消火器の代理店になるという新規事業に着手し、成功させた貞夫は、今度は、自分の会社「アイアンコーポレーション」(のちにテロソンコーポレーションに改名)を興します。努力家ではあるものの、他人の意見に耳を貸さず、信じやすく、他人を疑ってかかるという術を知らない貞夫の経営者としての歩みが始まります。