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『笑うマトリョーシカ』 - 政治家と秘書・母親・恋人、記者の奇妙な関係

選挙で当選したとき、大臣になったとき、テレビや雑誌のインタビューを受けたとき、不祥事を起こしたときなど、なにかと世間から注目される政治家たち。他方、彼らを支える秘書たちに、輝かしいスポットライトが当てられることはほとんどないと言えるでしょう。けっして政治家秘書の重要性が低いからではありません。政治家として活躍できるかどうかは、当人の能力や人柄に拠っているとはいえ、有能な秘書の存在もまたきわめて重要です。政治家の日程調整、演説原稿の作成、政策の立案などはもちろんのこと、なかにはプライベートな部分まで含め、政治家の生活全般に影響を与えるケースもまれではないようです。にもかかわらず、秘書の仕事は「縁の下の力持ち」「黒子」に徹するところにあると考えられているのです。今回は、あまり明らかにされてこなかった秘書と政治家の関係を扱った作品を二つ紹介します。

「秘書と政治家を扱った作品」の第一弾は、早見和真『笑うマトリョーシカ』(文春文庫、2024年)。人気のある若手政治家・清家一郎を軸に、彼を政治家にするために奔走し、その政治活動を「演出」しようとする秘書・鈴木俊哉、自らの思惑通りの政治家像を作り上げ、裏で操ろうとする母親の清家浩子、彼らを取り巻く「闇」の真相を探ろうとする記者・道上早苗が織りなす政治サスペンス。政治家秘書の仕事がよくわかる作品でもあります。2024年6月28日~9月6日にTBS系で放映された『笑うマトリョーシカ』(主演は水川あさみさん。玉山鉄二さん、櫻井翔さんが共演)の原作。

 

[おもしろさ] 操るのか、操られるのか

本書のおもしろさは、①清家一郎という人物を操ろう、さらには政治家に仕立て上げようとした鈴木俊哉、清家浩子、学生時代に出会った一郎の恋人「美和子」の三人がどのように画策したのか、②それらが成功したのか、失敗だったのか、③清家一郎が「だれかの操り人形だったら」という仮説をもとに、その真相解明に奔走する道上早苗の行動が描かれている点にあります。

 

[あらすじ] 高校時代における一郎と俊哉の運命的出会い

羽生雅文首相の下で官房長官の座を獲得した清家一郎は、政策担当秘書の鈴木俊哉と就任の喜びを分かち合っていました。ふたりが出会ったのは、愛媛県松山市にある私立高校・福音学園時代に遡ります。同校は、愛媛県内の政界、財界、学界、マスコミ界に多くの有力者を輩出してきた名門校だったのです。当時、なんでも母親の言いなりで、人一倍幼いというのが、一郎に対する俊哉の印象でした。ある日、級友の佐々木光一とともに、「僕、いつか政治家になりたいんだ。お父さんが政治家なんだ。和田島芳孝っていう人」という一郎の告白を聞かされた俊哉。実は、彼もまた政治家になりたいと考えていたのですが、それはかなわぬ夢となっていました。不動産業者であった俊哉の父親は、「BG株事件」という政治家の汚職事件の「中心人物」に仕立て上げられて逮捕され、すべてを失う羽目になったからです。「そしたらお前が清家のブレーンになればええんや。お前がこいつを利用して親父さんの仇を取れや」という光一の言葉に、俊哉は、自分が歩むべき道を見出します。そのための第一歩は、一郎が福音学園の生徒会長になることでした。こうして、俊哉たちが行った綿密に計算された選挙戦が功を奏して、彼は生徒会長になることに。それは、のちに政治家への道を歩み始める清家一郎の輝かしいスタート。でも、政治家として大成していく過程には、複数の関係者が不審死するなど、謎めいた「闇」が潜んでいたのです。