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『金庫番の娘』 - 秘書の目線から見た「政界の暗部」と「一抹の希望」

「秘書と政治家を扱った作品」の第二弾は、伊兼源太郎『金庫番の娘』(講談社文庫、2022年)。政権与党である民自党の有力政治家・久富隆一の秘書を父に持つ藤木花織32歳。10年間勤務した大手商社を辞し、久富事務所に転職。当初、政治家の秘書という仕事に魅力を感じていなかった彼女は、父から財務秘書、いわゆる「金庫番」という極秘の仕事を教わるなか、その仕事にやりがいを感じ始めていきます。政治家の生態・野望・裏切り・暗躍を描いた政治小説。政治家秘書の仕事を描いたお仕事小説でもあります。東京地検特捜部の内幕にも言及。

 

[おもしろさ] 「秘書は時に議員の頭脳に、目や耳に、手にもなる」

本書の特色の一つ目は、党の勉強会への出席、郵便物の仕分け、新聞の切り抜き、後援会関係者との接触、事務所の電話番など、政治家秘書の仕事がよくわかる点。「秘書は時に議員の頭脳に、目や耳に、手にもなる」。二つ目は、秘密のヴェールに包まれている金庫番という財務秘書の役割に光が当てられている点。三つ目は、金庫番という仕事を自らのミッションと位置づけるようになった、主人公の花織が具体的にどのようなアクションを起こすのかを明らかにしている点にあります。

 

[あらすじ]「心から嫌悪感を抱く世界」であるにもかかわらず

大手商社「五葉マテリアル」で資源調達事業に携わっていた花織。中央アジアの小国「デタチキスタン共和国」で、上司の鬼塚信行課長とともに、「ウカクリウム」(1センチ四方の塊がボンベ1本分の水素を吸収できる)の採掘に関わることに。しかし、政府高官にワイロを送ったことが東京地検特捜部にわかってしまったことで、責任者の鬼塚は依頼退職を余儀なくされます。会社が鬼塚個人に責任を押しつけたことに憤慨した花織は、辞職を決意。「負い目があるままでは、仕事ができない」というのが、彼女の思いだったのです。退職後の1か月間、ほとんどなにもできないまま、時間だけが経過。鬼塚から寄せられた手紙に鼓舞された彼女は、「心から嫌悪感を抱く世界」に飛び込もうと思い、転職したのが久富隆一議員の事務所だったのです。久富は、佐賀一区選出の衆議院議員で、繁和会の会長を務める大物。その一人息子・隆宏もまた、父のもと、私設秘書として働いていました。隆宏と花織は幼馴染み。互いを信頼しあっていたのです。やがて、久富隆一から「金庫番」をしている父・藤木功と一緒に財務秘書をやってほしいと懇願されますが、花織自身、なかなか決心がつきません。久富は、与党の実力者馬場に反旗を翻し、総裁選に立候補。勝てる可能性の低い選挙戦を通して、花織は、金庫番という仕事に自分の未来を託そうと、決意するのです。