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『築地魚河岸三代目』 - 仲卸の経営者になるはずの男は、魚のど素人

「東京で、美味しい魚を売っている市場はどこにあるのか」と尋ねられたら、多くの人は「築地」、2018年以降だと「豊洲」と答えるのではないでしょうか! 生鮮食料品を扱っている東京中央卸売市場「日本の台所」の一角を構成し、魚市場としての役割を果たしてきたのが、築地魚河岸(うおがし)でした。魚河岸の歴史は、江戸幕府を開いた徳川家康が大坂の佃村から呼び寄せた漁師たちによって、獲れた魚が日本橋のたもとで売られるようになったところまでさかのぼることができるようです。今回は、魚をはじめとする食材のプロが集まり、さまざまなドラマを生み出してきた「築地市場」が舞台の二の作品を紹介したいと思います。

築地市場を扱った作品」の第一弾は、山本ひろし『築地魚河岸三代目』(小学館文庫、2008年)。千近くの仲卸(なかおろし。卸売業者と小売業者を仲介する業者)が軒を連ねていた築地魚河岸。仲卸は、原則として、町の魚屋のような小売りはしません。買いに来るのは、魚屋とか料理屋といった目利きのプロばかりです。ところが、仲卸「魚辰」の大旦那の娘・明日香の婚約者で、やがて三代目となるはずの赤木旬太郎は元銀行マン。魚のことは、まったくのど素人。魚辰で働き始めた旬太郎は、失敗ばかりの毎日……。本書は、『ビッグコミック』(2000年10月号~13年22号)に連載された『築地魚河岸三代目』と、2008年6月7日に公開された同名の映画(監督:松原信吾さん、主演:大沢たかおさん、出演: 田中麗奈さん)から着想を得て小説化したもの。

 

[おもしろさ] ミスをしても、挽回してしまう三代目の問題解決力

本書のおもしろさのひとつは、魚のこと、魚河岸のことをまったく知らないがゆえに、旬太郎がたくさん間違い・ミスをしてしまい、一緒に働いている人たちを驚かしたり、窮地に陥れたりしてしまうことの描写。そして、もうひとつは、ミスを犯すたびに、常に知恵を働かせ、ミスを挽回してしまう旬太郎の行動力・問題解決力のスゴさを描いている点にあります。

 

[あらすじ] 厳しい言葉を浴びせられても、馬鹿にされても

大旦那、英二(事実上のボス。優れた目利きで、調理する力も半端ではない)、雅、エリ(帳場を担当)、拓也(漁師の息子で、魚辰で修行中)の五人で運営されていた魚辰。しかし、腰を痛めていた大旦那が引退。代わって、旬太郎が専務という肩書で入ってくることに。仕事の初日、三代目と呼ばれることになる旬太郎は、周囲に違和感を抱かせるスーツ姿。あっちこっちで名刺を配りながら、挨拶をして回ります。受け取った同業者のなかには、「しっかりした人が来てくれて、よかったな」と口ではほめてくれる人も。でも、明らかに旬太郎を馬鹿にしていたのです。魚辰にたどり着いた旬太郎。「立派なカツオ」と言った彼に対して、「ブリだよ」と英二。胡散臭そうに軽蔑の目で見られてしまいます。もっとも、旬太郎の方は、部下や同業者から厳しい言葉を浴びせられたり、馬鹿にされたりしても、さほど気にしていないようです。拓也は、そんな旬太郎のキャラクターに少しずつ惹かれていきます。