製造業では従業員300人以下、サービス業であれば、従業員100人以下の企業は、中小企業と定められています。『中小企業白書』(2024年版)によると、国内の中小企業(336万4891社)で企業総数の99.7%、従業者数(3309万8442人)では全体の69.7%を占めています。そうした中小企業のなかには、特定企業の「下請け・第一次下請け・第二次下請け」として、大がかりな「系列」というネットワークの中に位置づけられていることもまれではありません。そのような場合、親会社は、安定した発注をテコに下請け企業に対してさまざまな要求をしてきます。ときには、親会社の理不尽な要求に苦しみ、倒産の憂き目を見る企業も少なくないのです。そのため、「親会社の無理難題」と「下請け企業の苦悩・怨念」は、経済小説の世界にあっても、古くから扱われてきたテーマのひとつになっています。今回は、「下請け企業」の抱える難題・苦悩を描いた作品を五つ紹介したいと思います。
「下請け企業を扱った作品」の第一弾は、松本清張『湖底の光芒』(講談社文庫、1986年)。長野県諏訪近くで従業員30人のレンズ研磨工場「中部光学」を経営する美貌の未亡人社長遠沢加須子が主人公。納入先の偽装倒産により危機に瀕した経営者としての彼女の苦悩や、親会社の都合で翻弄される下請け企業の悲哀が描かれています。諏訪湖の底には、かつて親会社の都合で倒産させられたレンズ会社が捨て去った膨大なレンズがその「怨念」とともに沈められていると言われており、その点が本書のモチーフとなっています。
[おもしろさ] カメラレンズ研磨の特性と難点
系列という言葉で真っ先に連想するのは自動車産業かも知れませんが、カメラ業界もまた、多くの系列部品メーカーを傘下においています。かつては製糸業が繁栄した長野県の諏訪湖周辺。戦後は、精密機械工業が発達。カメラの製造が盛んになり、その関係の下請け業者も多数存在しました。本書の特色は、カメラ部品のなかでも、特殊な技能が求められるレンズの研磨を担当する企業に焦点を合わせ、「親会社の無理難題」と「下請け企業の怨念」がリアルに描かれている点にあります。カメラレンズの研磨は、研磨機の性能向上とともに、様変わりしました。ところが、精密さが要求される仕上げ工程は、依然として人間の腕に大きく左右されます。そこに腕の良い熟練職人が存続できる余地があったわけです。反面、特定の仕様に基づいて作られるために、汎用性がなく、特殊なレンズなので溶解してガラスに還元することもできないという難点がありました。新しいデザインのカメラが発売されれば、それだけ下請けのレンズ研磨工場が苦しめられました。いまでは、湖水保護のため厳しく止められていますが、かつて不合格のレッテルを張られたり、やむなく倒産の憂き目にあったりした業者の廃品レンズが諏訪湖の湖底に投げ捨てられたのは、そのためなのです。
[あらすじ] 親会社の合理化のしわ寄せが一手に
中部光学を経営する女性社長・遠沢加須子を通して、カメラ業界が直面する問題、親会社の合理化のしわ寄せを一手に引き受けさせられる下請け企業の悲哀(①販売競争で勝つための価格の引下げが、下請け単価の一方的な引下げ要求という形で跳ね返ってくる。②頻繁に実施されるデザイン改良に伴い、部品の変更を余儀なくされるが、下請け業者はその都度予期せぬ出費を強いられる。③納入されたレンズは、検査係によってチェックされるが、その際かなりの主観的判断が入ってしまう。検査が「不合格」になった場合、下請け業者は泣き寝入りするしかない。メーカーがその気になれば、不合格の名目で下請けからの納入品をいくらでも調整できる仕組みになっている)が描かれています。