「下請け企業を扱った作品」の第三弾は、江波戸哲夫『空洞産業』(徳間文庫、1998年)。1985年のプラザ合意以降、急速な円高が進み、人件費が高騰しました。そうした環境変化に対応するために、多くの日本企業は、海外で現地企業を創設したり、部品調達を海外に依存したりするようになりました。生産拠点が海外に移るので、「産業の空洞化」と呼ばれている現象が進行したわけです。親会社も大がかりなリストラや合理化を余儀なくされましたが、下請け会社の方は、さらに深刻な状況下に追い込まれました。本書は、そうした下請け企業の苦境を、リアルに描き出しています。
[おもしろさ] 新規製品の開発、最先端技術の開発、海外進出の三施策
産業の空洞化に抗し、下請け企業を救う対応策として考えられるのは、人員の削減を除けば、新規製品の開発、最先端技術の開発、海外進出という三つの戦略です。本書は、①親会社の苦境のみならず、それに輪をかけた下請け企業の困難な状況、およびそうした新しい戦略を採用することの大切さと難しさ、②経営者がそうした決断をするときに必要な条件として、豊かな発想力を有した若い後継者の存在、女性たちのアイデアやサポートなどが重要であること、③産業の空洞化の先になにがあるのかが不透明であるという日本経済の現状、④すでに公害防止・上水取水の停止などから工場がどんどん区外に出て行き、産業の空洞化を経験したのち、高い技術集積によって構造改善を果たした太田区の事例、⑤最先端の技術さえあれば、親会社も子会社もなく、大企業も小企業もなく、世界を舞台に勝負ができるというひとつの将来像などに言及しています。
[あらすじ] 下請け企業、三社三様の挑戦
従業員190名・年商52億円の樹脂加工会社「大沢工業所」(創業者・大沢寅吉の息子である和彦が社長)、従業員30名の板金業者「加藤興業」(創設者の加藤三郎が社長であるが、大手シンクタンクに勤務している長男の洋平に後継者になって欲しいと考えている)、従業員350名・年商48億円で導線に端子を組み合わせる作業を行う「山崎ハーネス」(45歳の山崎武が創業者社長)という、川崎市周辺を地盤にする三つの下請け企業を軸とし、話が進んでいきます。大沢和彦と山崎武は、中学時代からの友人で、10歳ほど年下の加藤洋平とも仲良し。親会社は、いずれも年商3兆5000億円のマンモス電機メーカー「中央電機」です。円高に伴う部品の海外調達の拡大、中国での新しい生産拠点の確保、過剰人員の圧迫、リストラの実施といった課題を課せられた同社は、そのしわ寄せの一部を下請け企業に転化することを余儀なくされます。下請け企業の方は、中央電機からの発注の減少、コストの引き下げ要求、親会社の海外進出に伴う海外移転の催促、それに伴って、リストラ・定年引き下げ・生産設備の縮小といった難題を実施する必要に迫られることに。そのために浮上するのが、新製品の開発、最先端技術の開発、海外進出といった新しい戦略の採用にほかなりません。ただ、口で言うのは簡単なのですが、実際にそうした新施策に取り組むとなると、次から次へと難問が待ちかまえています。本書では、大沢工業所や加藤興業が、それらの難題をクリアし、新しい活路を見出すまでの過程が描かれていきます。