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『経済特区自由村』 - 自給自足のコミュニティーをつくれるのか? 

人口の少子化と高齢化が急ピッチで進んでいる日本。その影響が最も顕著にあらわれている領域に、農村があります。そこでは、担い手不足、耕作放棄地の急増、限界集落の増加など、深刻な多くの問題が未解決のまま。「小規模性、低生産性、低収益性」といった日本農業のウィークポイントは依然として根強く残されています。しかし、耕作放棄された農地を集めて大規模農業を展開する農業者が出現しています。都会から農村に移り住む人たちの動きも周知の事実です。さらに言えば、農業は、人間の生存に最も必要な食糧の生産に関わる産業です。その活性化は、持続可能な社会の実現には、欠かせないファクター。食糧危機に陥ったとき、最も頼りになる生業でもあるわけです。今回は、農村を舞台にした二つの作品を紹介したいと思います。

「農村を扱った作品」の第一弾は、黒野伸一『経済特区自由村』(徳間書店、2013年)です。山奥の寒村である「神山田村」を舞台に繰り広げられる「お金を使わないで生きていく」という壮大な構想・計画とその帰結、都会から移住してくる人たちの諸事情、農村というものの魅力が描かれています。

 

[おもしろさ] 「住処も金もない人間には、神山田村はまるで天国」

本書の特色として、以下の五点がストーリー展開の中でリアルに描写している点にあります。①農村が本来的に持っている魅力、②自然の摂理に合致した農作物および家畜などに対する接し方、③昔の人の知恵の数々(例えば、納豆でつくる洗剤のほか、「ミカンの皮で流しを磨けばピカピカになるし、しつこい脂汚れにはコメのとぎ汁が有効……。大豆の煮汁なんかでシーツを選択すると、もう真っ白になる」など)、④都会からやって来た人たちが中心にできあがったコミュニティーは、「住処も金もない人間には、まるで天国」であったこと、⑤ところが、当初の「自由さと無秩序さ」が捨て去られ、より過激に変質し ていくこと。

 

[あらすじ] 「人を殺した」男がたどり着いた神山田村

鈴木明男は、外食産業の大手「ヘルシー☆ファストニッポン」が提携する養鶏場のオーナー。勤めていた会社をリストラされた明男は、父親が急死したため、彼が営んでいた「昔ながらの採卵鶏の養鶏」を継ぐことに。畑違いの仕事に困惑していた明男にすり寄ってきたのが、ファストニッポン・チキン事業部に所属する相原でした。彼は、「鶏卵を止め、食肉用のブロイラー養鶏をやらないか」と明男に持ち掛けます。同社と「提携すれば、すべての食肉が無駄なく捌けるし、ノウハウもきちんと指導するので心配はない」と。ところが、明男が「渡りに船」と思ったのは、最初だけ。やがて、「太陽光が遮断された不衛生な鶏舎の中で、抗生物質を餌に異常な速度で成長し、体重に耐え切れず歩行困難になっていく」鶏を目の当たりにして、明男は「自分のやっていることは、一体何なのか、自問するようになった」のです。初期投資の借入金の返済のめどさえ立っていないのに、換気設備を最新鋭のものに買い替えることを強いられ、さらに借金を重ねていく明男。ある日 のこと、近い将来実用化されるという、ファストニッポンの「常軌を逸した提案」を聞くに及んで、相原と口論に。その挙句、彼を突き飛ばしてしまいます。意識を失った相原。「殺してしまった」と思った明男は、自家用の軽トラックに飛び乗り、人里離れた神山田村にたどり着きます。そこでは、昔ながらの農法が行われ、村人たちは、自然と共存しながらの生活を営んでいました。明男は、宮脇一という名前で定住することになります。そして、1年ほど前に村にやってきて、「お金を使わない暮らし」を提唱し、「フリーエコノミー&エコロジー」のリーダーになっている民人と出会うことになります。都会から若者たちを呼び寄せるのに大きな役割を果たしている男性です。果たして、その村の実態は? 民人は何者なのか? そして明夫の行く末は? 興味津々の物語がスタートします。